『世界観』が10年わからなかった私が、たどり着いた結論
世界観って結局なによ?
「世界観をもうすこし詰めたいですねある?」
打ち合わせで、何度も飛び交う言葉です。でも、「世界観とはこういうことで、具体的にはこうやるって設計するんですよ」と教えてくれる人、ほとんどいないんですよね。
わたしはプロデューサーとして、ゲームと漫画、それからアニメの仕事を中心に、15年間の中でたくさんの案件に関わってきました。そのなかでずっと違和感を抱いていたのが、この「世界観」という言葉でして。
人によって定義がバラバラ。なのに会議や打ち合わせでは平気で飛び交う。「世界観に合わせて」「世界観として弱い」「世界観が大事」「世界観から離れている」などなどがよく使われる。これを聞いたクリエイターやスタッフは、それぞれ違うイメージを頭の中で描く。プロジェクトはそこから静かにズレていく。最悪はだんだん「世界観」がひとり歩きし始めて、みんなの自由な発想を奪っていくシーンまで見てきました。
ということで今回は、わたしなりに「世界観って結局なんなのか」を言語化してみようかと。
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「世界観」と呼ばれているもの、実は3種類ある。
まず、世界観という言葉が日常でどう使われているかを整理してみます。ざっくり言うとこの3つです。
雰囲気・アトモスフィア:「あの映画、世界観エモい」と言うときの色味・音楽・光
設定資料の量:「あのゲーム、世界観すごい作り込み」と言うときの地図・年表・言語体系
ブランドの統一感:「あのカフェ、世界観好き」と言うときのロゴ・内装・SNS
この3つ、互いに別物なんですよね。なのに同じ語で呼ばれているせいで、議論が噛み合わない。
そもそも「世界観」って、もとは哲学の用語でした。ドイツ語のWeltanschauung(=あなたが世界をどう観ているか、という価値観や死生観の上位概念)。それが、いつの間にかインフルエンサーの世界観、作品の世界観、ブランドの世界観、と意味を膨らませて、いまの形になっています。
声優の青木瑠璃子さんがXでこんなことを書いていました。
「世界観」「性癖」って、誤用と知ってても誤用の意味で使っちゃう。他に言い換えられる言葉が浮かばない……
そう、まさにそれなんですよ。業界でも誤用が標準化していて、「世界観いいね」と言われても、相手が3つのうちどれを指しているのか実はわからない。これが、現場で人が思考停止する第一歩でして。
ゲームの現場で見た「世界観のズレ」
わたしが「世界観」という言葉にいちばん悩まされたのは、ゲームの現場でした。ゲームというのは、規模感が漫画とは比較にならないんですよね。チームは数十人、大型タイトルなら数百人。
そのなかで、世界観に関わる要素を分解するとこうなります。
シナリオ・キャラクターデザイン・キャラクターの幅(主人公、仲間、敵の背景)
バトルシステム・デッキのレベルデザイン(レベル曲線、難易度曲線、報酬曲線)
バトル/シナリオシーンの演出(カットイン、カメラワーク、音響)
このすべてを違うチームが担当していて、それぞれの担当者の頭の中に、同じ絵が見えていなければプロジェクトは崩壊します。
ところが現場では、たとえばこんなことが起きるわけです。
シナリオライター:「重厚な戦争もの」を意図して台詞を書く
キャラデザイナー:「ポップでコミカル」な絵を上げてくる
バトル設計者:「軽快なテンポ」でゲームを組む
演出家:「シリアスで重い」映像演出を当てる
それを見たディレクターが言う言葉、これがまた絶妙でして。
「もっと世界観に合わせて」。
知らんがな。
ディレクターの頭の中の世界観も、シナリオライターの世界観も、キャラデザイナーの世界観も、全員違うんですよ。会議は紛糾し、プロジェクトは遅延し、最終的に誰かの絵に寄せて落着する。
正直に言うと、わたし自身も若いころプロデューサー側として、「もっと世界観に合わせて」と何度言ったかわかりません。スタッフを困らせた回数は数えきれない。あれは指示でもなんでもなく、ただの思考停止でした。
これが、わたしが「世界観」という言葉を安易に使えなくなった現場の風景です。
漫画の現場では、また別の話
一方、漫画はゲームとはぜんぜん違う作り方をします。基本的に作家ひとり。多くても、原作と作画の二人。
なので、広い領域に対して設定を固めていくというより、主人公を中心に深くダイブしていく感覚なんですよね。主人公の身体感覚、目線、関係する世界の半径。そこから外側は、必要になったときに描けばいい。ゲームほど多人数で頭の中を揃える必要はありません。
ただ、漫画でも崩れる瞬間はあって、それが原作と作画のあいだで頭の中の絵がズレる瞬間です。ずっとコンビで活動していなくて、編集によって引き合わされた原作と作画担当であれば、このズレを修正したり、擦り合わせたりすることが求められます。
ゲームでも漫画でも、結局のところ、別々の人間が手を動かすときに、同じ絵が見えていないと作品は崩れるんですよね。「世界観」という言葉が指すべきは、ここでした。
わたしの定義
ということで、ようやく本題です。100本のIPを見届けて、ふたつの現場を行き来して、わたしが出した答えはこうなりました。世界観とは、
制作に関わる全員──そして最終的にはファン──の頭の中で、同じ絵が見えるための共通の決まりごと。
これが、さまざまなジャンルのエンタメ、たくさんの作品を見届けてたどり着いた、わたしなりの定義です。「ルール」とか「設定」とか「雰囲気」とかではなく、「同じ絵が見えるか」。これが判定基準です。
そしてその共通の決まりごとには、5つの層がありまして。最低の必要条件としては
物理法則:何が可能で何が不可能か
経済:どうやって価値が回っているか
倫理:誰がいちばん偉いか、どういうシステムに載って動いているか
言語:固有名詞・概念の体系
美学:この世界らしい絵柄・音・空気感
たとえばガンダムでは「人類は宇宙を完全には支配できない」という物理法則があって、だから戦争が終わらない。ポケモンでは「ポケモンを傷つけてはいけない」という倫理があって、だからトレーナーの旅という構造になる。作品全体のトーンや描写から読み取れる暗黙の前提として感じるものですね。
ファンタジー作家のブランドン・サンダーソン(アメリカを代表するファンタジー・SF作家)が「魔法の3法則」というのを書いていまして、その第二法則がこれです。
Limitations > Powers(=制限 > 力)
魔法の「できないこと」を決めることで「できること」が意味を持つ、という話なんですけど、これは世界観そのものに当てはまります。「できないこと」を決めることで、「できること」が意味を持つわけです。
できる現場 vs できない現場
実際、現場を見てきた経験から、世界観が機能している現場としていない現場の違いを整理するとこんな感じです。
世界観が機能していない現場:
「世界観」が抽象的に飛び交う
各セクションが違う絵を頭に描いている
ディレクターの感覚で最後に裁定が下る
メディアミックスで世界観が崩壊する
作者や担当者が抜けると別物になる
世界観が機能している現場:
物理・経済・倫理・言語・美学の5層が言語化されている
どのセクションのスタッフも同じ絵を頭に描ける
新人クリエイターが入っても「同じ世界の話」が書ける
メディアを横断しても崩れない
作者が交代しても続く
わかりやすい実例を出すと、ガンダムは富野由悠季さんが手を離れたあとも「宇宙世紀」というルールが言語化されていたから、別の監督による新作が継続的に出ている。逆にけものフレンズは、ルールがたつき監督の頭の中にしかなかった。彼が外れた瞬間、誰も同じ絵を描けなくなった。
これは技術の問題でして、才能の問題ではないんですよね。
では、どうやって作るのか
世界観を作るとき、わたしが主にクリエイターのみなさまに渡してきた問いは3つあります。これがまた、シンプルなんですけど。
問い1:この世界では、何が不可能か?
基本、どの仕事でもそうなんですが「何ができるか」を語りたがるんですよね。魔法も使える、未来も見える、空も飛べる。でも世界観の骨は、「できないこと」のほうにあるかと。
サンダーソン第二法則の「制限 > 力」を、もう一度思い出してほしいんですけど。ガンダムでは「ニュータイプでもすべては見えない」「巨大ロボットは万能ではない」という限界があるから、戦争が成立する。
問い2:この世界では、誰がいちばん偉いか?
ヒエラルキー、つまり倫理ルールです。スター・ウォーズの帝国と反乱軍、ハリーポッターの寮制度、ガンダムの軍と政府、東方の幻想郷の力関係。誰が偉くて誰が偉くないかが決まると、その世界の「常識」が決まる。
このルールが曖昧だと、キャラの行動原理がぶれる。「なんでこのキャラ、ここで命を懸けてるんだっけ?」と読者が思った瞬間、世界観は壊れます。
問い3:主人公はなにが普通じゃないのか?
普通世界にはルールやシステムがあります。どの時代にも。君主制時代のヨーロッパは王様が絶対で全てのルールを決めていた。そのあと議会制となり、資本主義になって、産業革命に入ってという時代の流れがありますよね。その中で宗教や会社や思想などの個別のシステムも走っているのが渡したしが知っている世界です。
問い1と2はその設定に関してのものですね。
その中で主人公がそこらへんのキャタと同じ言動だったら、ズレがないので主人公になりません。ひっかかる言動があるから読者はそこに惹かれたり共感すると思うんですよね。だからネームやラフアニメを見た時にそういった価値観、言動の違和感を言語化するようにしています。
それが主人公の価値観、作品の看板(ブランド)にもつながっていくのではないか。
まとめ
長くなりましたが、整理するとこんな感じです。
「世界観」という言葉は、雰囲気・設定・看板の3つに分裂していて、誤用が標準化している。だから現場で「世界観に合わせて」と言うと、各セクションが違う絵を頭に描く。
わたしの定義は「全員の頭の中で、同じ絵が見えるための共通の決まりごと」5層(物理・経済・倫理・言語・美学)を言語化することで、属人性から解放される。
検証は3つの問い(不可能/ヒエラルキー/価値観)で十分
答えられないなら、その作品はまだ「同じ絵」が共有されていません。世界観とはつまるところ、チームとファンの頭の中に同じ絵が結べているかどうか、という話でした。
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