AIを使わないエンタメが、実はいちばん伸びている。
「AIを取り入れた産業ほど伸びる」。ここ数年、当然の前提のように語られてきた話です。ところが、韓国コンテンツ振興院(KOCCA)が公表した「2025年4分期および年間コンテンツ産業動向分析報告書」(2026年4月30日発表)を眺めていて、ひとつ妙な事実に気づきました。
生成AIをいちばん使っていない産業が、いちばん伸びている。
しかも、AI普及率が最も低い産業が、輸出成長率では他のジャンルを2倍以上引き離して走っているんです。最初は読み間違いかと思って何度も確認しましたが、数字は同じでした。
本記事では「なぜAIをいちばん使わない音楽産業が、いちばん伸びているのか」という問いを、KOCCA報告書の数字から紐解きます。そしてその先で、AI時代に「何にお金が払われているのか」という、もっと根っこの構造についても一緒に考えていきます。
🎙 この記事は、ポッドキャスト「エンタメビジネス実況中継」でも聴けます。「読む」「聴く」、お好きなほうでどうぞ。
答えは「能力」ではなく「関係」
問いに対する答えをシンプルに言えば、こうです。
KOCCA報告書の音楽輸出32.4%増という数字が示しているのは、「AIにはできないこと」が伸びているのではなく、「AIにやらせたら意味がなくなること」が伸びているという事実なんですよね。
技術で勝負しているのではない。関係で勝負している。歌や踊りはAIにもできるけれど、「推しが目の前にいる」という体験は、AIに渡した瞬間に価値が消える。その代替できない関係性こそが、いま世界で最も伸びているコンテンツ輸出品の正体です。
ここから先は、その構造を、数字・産業比較・産業の脆さの3層で順に裏づけていきます。
数字が語っていること
まず事実を並べます。
2025年、韓国のコンテンツ産業全体の年間売上は161兆4839億ウォン。日本円でおよそ17.5兆円です。前の年より2.6%増えています。海外への輸出額は149億ドル、およそ2.4兆円。こちらは前の年より5.9%増。産業全体としては、ちゃんと伸び続けています。
ただし、この5.9%を分野ごとに分けて見ると、見える景色がガラッと変わります。映画が19.9%増、キャラクター(マスコットや知財ライセンスのこと)が12.8%増。ここまでなら「ああ、全体的に伸びてるんだな」で済む話です。
音楽だけが32.4%増。一つだけ桁が違います。
売上だけ見ても、音楽産業は前の年より15.8%増。産業全体の2.6%増をはるかに超えています。一方、放送(テレビ業界)は-1.3%、広告は-1.7%。テレビと広告がマイナスに沈んでいる中で、音楽だけが二桁の伸びを続けている。しかもテレビにも広告にも頼らずに、別の稼ぎ方で伸びているんです。
「輸出」と「売上」のあいだにあるズレ
この報告書を読んでいて、いちばん面白いのは、輸出成長率32.4%と売上成長率15.8%の差です。
国内でも15.8%伸びている。それだけでも十分に強い数字です。でも輸出は32.4%。倍以上のペースで伸びている。成長を引っ張っているエンジンは、明らかに海外へ移っています。さらに、コンテンツ産業全体の輸出成長率が5.9%だったことを思い出してください。つまり、韓国コンテンツの輸出は、ほぼK-POPがひとりで引っ張っている、ということです。
では海外で何が売れているのか。少し前のデータになりますが、K-POPの海外売上の中身を、2023年時点の推計で見てみます。いちばん大きいのは公演(ライブ)で47.5%。次が音盤(CDやレコード)で31.4%、ストリーミング(SpotifyやApple Musicなど、月額で聴き放題のサービス)が21.0%です(出典: 韓国文化観光研究院 2023年推計、海外売上の合計は1兆2377億ウォン)。
ここでちょっと驚きませんか。2023年時点で、ストリーミングの比率がたった21%です。Spotifyが音楽の聴き方を変え、Apple Musicが世界中に広がり、月額で聴き放題のサービスが音楽消費の主流になったと言われて久しい。それでも、海外売上の5分の1にしかなっていない。そして海外売上が急伸している現在も、この内訳構造から大きく動いた兆候は見えません。
海外売上の半分近くが「ライブ公演」、3割が「物理的なCDやレコード」です。つまりK-POPの輸出を支えているのは、Spotifyの再生数ではない。ファンが実際にお金を払って会場まで足を運び、CDを手に取り、グッズを身につける——という、自分の体を動かして払うお金なんですよね。
HYBE(BTSやSEVENTEENが所属する韓国の大手芸能事務所)の2025年通期決算が、これを裏づけています。年間の公演数は279回(コンサートが250回、ファンミーティングが29回)。公演部門の売上は前の年より69%増えて7639億ウォン。年間売上は2兆6499億ウォン(およそ2870億円)で、そのうち公演がかなり大きな割合を占めています。BTSの完全体復帰やSEVENTEENの世界ツアーが数字を押し上げた面はあります。それでも、「ストリーミングで聴く」ではなく「会いに行く」「持つ」「身につける」が稼ぎの中心になっている。この構造ははっきり見えます。
これはK-POPが文化として大人になった証拠でもあります。同時に、ある面白い問いを投げかけてくる。なぜデジタル(配信)ではなくて、フィジカル(実物・現場)のほうが伸びているのか?
AIを使わない産業が最も伸びている
その問いを考えるヒントになるデータが、この報告書にもうひとつ載っています。「生成AIをどれくらい使っているか」を産業別にまとめたデータです。
全体としては32.1%の企業が生成AIを使っています。2022年は7.8%だったので、3年で4倍以上に増えた計算です。ジャンル別に見るとこうなります。ゲームが70.0%、ウェブトゥーン(縦読みのデジタルマンガ)が51.6%、広告が40.9%、映像が30.0%。そして音楽は15.2%。全ジャンルでいちばん低い。
この並びを見て、しばらく考え込みました。
全体の導入率が3年で7.8%から32.1%まで一気に上がっている中で、音楽産業だけが取り残されたように低い。ゲーム産業の70%と並べてみると、差は歴然です。
そして、生成AIをほとんど使っていない産業が、輸出成長率では全産業トップ。逆に、AI導入率が最も高いゲーム産業は、輸出の伸びでは音楽ほど突き抜けていない。もちろん、これを「AIを使わないから伸びている」と単純に結びつけるのは乱暴です。ゲームと音楽では市場の作りが違う。でも少なくとも、「AIを使えば伸びる」という単純な思い込みに対して、現実の数字は別の答えを返してきている。そう言えるんですよね。
K-POPの成長を支えているのが、ライブと、人と人とのつながりだとすると、ひとつの仮説が見えてきます。「このアーティストが存在すること、それ自体が、価値の中心になっている」。AIには真似できない部分。本物の人間がステージに立つ、ファンと直接つながる、同じ空間で同じ時間を過ごす——が、輸出を伸ばしている源になっている。
日本のコンテンツ産業はこれをどう読むべきか
このデータを日本側から見ると、別の風景が浮かびます。
日本のコンテンツ産業も、輸出は伸びています。アニメ、ゲーム、マンガ。どれも海外で強い。ただし、稼ぎ方の仕組みがK-POPとはまったく違うんですよね。
日本のアニメは「製作委員会方式」という仕組みで動いてきました。簡単に言うと、複数の会社が一緒にお金を出して作品を作る方式です。テレビ局、広告代理店、出版社などが共同で出資する。この方式だと、作っているのは制作スタジオなのに、儲かったときのお金は出資した会社のほうへ流れていく、という構造になりやすい。「制作は国内、収益は出資者へ」が長年続いてきました。
作っている人たちのところにお金が返ってこない、という問題は最近もよく報じられています。先日の日経記事『日本アニメ「稼げる現場」へ チェンソーマンのMAPPAは脱下請け』で、MAPPAの事例が紹介されたばかりです。
韓国の音楽産業が示しているのは、「作る側がお金を稼ぐ主役になる」モデルでも、海外で十分に通用するという証拠です。HYBEは、自分たちでアーティストを育てる。自分たちでライブを開く。自分たちでグッズを作る。自分たちでファンクラブのプラットフォーム(Weverse)を運営する。すべてを自社の中で完結させている。これは「製作委員会方式」のように複数の会社で分散させる方式とは正反対の、「全部自分でやる」やり方です。専門用語では「垂直統合型」と言います。リスクは大きいけれど、その代わり、入ってくるお金も全部自分のもの。
この仕組みの違いが、同じ「コンテンツ輸出」でも、稼げるかどうかの差を生んでいます。日本のコンテンツ産業が学ぶべきは、K-POPの曲やダンスではありません。お金を稼ぐ仕組みそのものの設計思想のほうです。
「人間がいること」の経済的価値
ここからはわたしの感想です。
K-POPの輸出が伸びている理由は「K-POPが優秀だから伸びている」ではなく、「いまの時代、何にお金が払われているのか」という、もっと根っこの問いがあると思うんです。
生成AIが急速に広がっている2026年に、いちばん伸びているコンテンツ輸出が「生身の人間のパフォーマンス」だという事実。これは偶然ではない。いまの時代の仕組みがそのまま数字に出ているのだと、わたしは思っています。
AIが文章を書く。画像を作る。プログラムを書く。曲まで作る。そんな時代に入りました。そうなると、「AIには取って替われないもの」の値段が、他と比べて上がっていくのは当然です。経済の理屈から言って自然な流れなんですよね。K-POPが売っているのは曲ではありません。「この人間が、いま、ここに存在している」という、二度とない体験です。公演が海外売上の47.5%を占めているという事実が、それを証明しています。
ここにエンタメビジネスの本質的なヒントがあります。AI時代に値段が上がるのは「AIにはできないこと」ではない。もっと正確に言えば、「AIにやらせたら意味がなくなること」です。歌はAIが歌えます。振り付けもAIが作れます。でも「推しが目の前で歌っている」という体験は、AIが再現した瞬間に価値がゼロになる。「AIには真似できないから残る」のではなく、「AIに任せたらダメだから残る」。そういう価値が、いまの時代の真ん中に立とうとしているんですよね。
ただし、ここには危うさもあります。「人間がいること」が前提のビジネスモデルは、その人間がいなくなった瞬間に崩れます。兵役、活動休止、グループ解散。K-POP産業は、このリスクを仕組みとしてずっと抱えています。「長く続けられるか」という観点では、音楽産業もいずれは生成AIを積極的に使う方向に動くでしょう。導入率15.2%という数字は、おそらく2〜3年で大きく変わるはずです。
そのとき、ひとつ問いが残ります。音楽産業に生成AIが本格的に入ってきたとき、あの32.4%の伸びはどう変わるのか。「人間であること」の価値を武器にしてきた産業が、その武器の一部をAIに渡したとき、何が残り、何が消えるのか。
この報告書の数字だけでは、答えは出ません。でも、問いの形ははっきり見えてきます。
コンテンツ産業に関わるわたしたちにとって、2025年のKOCCA報告書は「いま何が起きているか」を知るためだけのものではありません。「これから何が起きるか」を考えるためのものさしです。AIに置き換わる仕事が増えていく時代に、「人間がそこにいること」そのものが最大の輸出品になっている産業がある。この事実を、わたしたちはきちんと受け止める必要があります。
2025年のKOCCA報告書が記録した音楽輸出32.4%増は、結局のところ、AI時代に「機能」ではなく「存在」に値段がつき始めた最初の証拠です。同じ歌をAIに歌わせても、なぜ価値がゼロになるのか——その問いの答えそのものが、これからの10年の経済地図の中心に立とうとしているんですよね。
このサブスタックではエンタメビジネスやIPビジネスについて、わたしがエンタメ企業で事業統括として関わってきた経験をもとに独自の分析と考えを発信しています。すこしでもこういったテーマに興味があればどこかわからなくなる前にぜひ無料登録してください。
出典・参考文献
韓国コンテンツ振興院(KOCCA)「2025年4分期および年間コンテンツ産業動向分析報告書」(報告書ID: KOCCA25-65 / 2026年4月30日発表 / PDF添付あり) https://www.kocca.kr/kocca/bbs/view/B0158949/2011489.do?menuNo=204157
HYBE「2025年通期連結決算」(2026年2月発表 / 売上2兆6499億ウォン・公演売上7639億ウォン・公演279回) 公式IRアーカイブ: https://hybecorp.com/jpn/ir/archive/result 日本語プレスリリース: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000647.000045862.html
韓国文化観光研究院「K-POP海外売上推計(2023年)」海外売上総額1兆2377億ウォン、内訳は公演47.5%・音盤31.4%・ストリーミング21.0% https://japanese.korea.net/NewsFocus/Culture/view?articleId=255698
日本経済新聞「日本アニメ『稼げる現場』へ チェンソーマンのMAPPAは脱下請け」 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC195H60Z10C26A2000000/








