日本アニメの現在地
2025年、世界最大のアニメ・マンガコミュニティ「MyAnimeList」(以下、MAL)のユーザースコアTOP20のうち、7作品が中国・韓国発でした。
数年前なら考えられなかった光景です。「日本アニメが圧倒的に強い」という感覚で語られてきた時代は、少なくともデータの世界ではもう終わりかけています。
今回は、AnimeJapan 2026のビジネスセミナーで語られた、株式会社MyAnimeList代表取締役の溝口敦さんによるデータ分析レポートを読み解きます。見えてきたのは「日本アニメの強さ」ではなく、構造的な変化の兆しでした。
この記事から学べるのは、海外アニメファン2,000万人のリアルな視聴行動、中国・韓国発アニメの台頭がもたらす競争地図の変化、そしてデータをクリエイティブにどう活かすかという実務的なヒントです。早速いきましょう。
TOP20に7作品──「一強」が崩れた2025年の数字
2025年のMALユーザースコアTOP20に、中国原作が6作品、韓国原作が1作品ランクインしました。合計7作品。TOP20の3分の1以上が、日本以外のアジア発作品で占められたわけです。
具体例をひとつ挙げます。
Members数(=お気に入り登録者数)のTOP1は『俺だけレベルアップな件 Season2』でした。これは韓国のウェブトゥーン原作で、アニメ制作はA-1 Pictures(日本)。つまり「原作は韓国、制作は日本、ファンは世界」という構図です。
中国発作品も同じく、MAL上で「日本アニメと並べて評価される」段階に入っています。かつては「中国アニメ」というだけでスルーされがちだった空気が、明確に変わってきているんですよね。
溝口さんはこの現象を「脅威」ではなく「切磋琢磨」と表現しました。「各国のクリエイターと切磋琢磨していくことは、日本のIPにとってさらに素晴らしい未来を生み出す原動力になります」と。各国のクリエイターが互いに刺激し合うことで、アニメ市場全体が拡大するという見立てです。
ただ、わたしの率直な感想を言えば、楽観だけでは済まない局面に来ていると思います。その話は後で書きます。
MyAnimeListとは何か──世界最大の「アニメ視聴カルテ」
ここでMALそのものの話を挟ませてください。この数字の信頼性は、母集団の話を抜きには語れないので。
MALを一言で説明するなら、「アニメ版のIMDb(=映画レビュー・評価データベース)」です。ユーザーは自分が観たアニメに10点満点でスコアをつけ、「視聴中」「視聴済み」「途中で止めた」といったステータスを記録します。
登録ユーザー: 2,000万人(うち99%が海外)
評価・視聴ステータス: 13億件超
作品登録数: 41万件以上
公式アプリDL: 600万超
このデータがほぼ「海外ファンの生の声」だということがポイントです。日本国内のアニメ評価はXやAmazonレビュー、あにこれ等で散在していますが、海外ファンの視聴行動がここまで体系的に集まっている場所は他にありません。
MALを運営する株式会社MyAnimeListの親会社は、Web3/AI領域のGaudiy。2025年にメディアドゥから株式を取得し、完全子会社化しました。溝口さんは、AnimeJapan 2026のセミナーで「データでクリエイティブを縛るのではなく、クリエイターの迷いを解消するためにデータを使う」と語っています。
この姿勢が、単なるレビューサイトとMALを分けている部分だと思うんですよね。
年間650作品時代──「作れば観てもらえる」は終わった
「一強」が崩れた背景には、そもそも市場構造の変化があります。溝口さんがセミナーで示したデータによると、2025年の世界アニメ市場では、
テレビシリーズ: 約300作品
ONA(ネット配信オリジナル): 約250作品
映画: 約100作品
合計で年間650作品が世に出ています。この数字、ちょっと立ち止まって考える価値があります。年間650作品ということは、毎週12本以上の新作がどこかで始まっている計算です。ファンの視聴時間は有限なのに、供給は増え続けている。つまり、「作れば観てもらえる」時代は完全に終わっています。
ここに、中国・韓国勢が入ってきた。しかも彼らには武器があります。
ウェブトゥーン(縦読みマンガ)のフォーマットから生まれる原作は、スマホ視聴・グローバル配信との相性が最初から設計されています。Netflix、Crunchyroll、ビリビリ動画といった配信プラットフォームは、国境を問わず作品を並べます。
日本アニメが「質で圧倒する」だけでは選ばれ続けるのが難しい。そんな環境が、静かに整ってきたということです。
なぜ「切磋琢磨」だけでは足りないのか
日本アニメの強みは、50年以上かけて蓄積された制作ノウハウとIPの厚みです。ジブリ、ジャンプ、京アニ。ブランドとして世界に認知されている制作体制は他国にはない。
ですが、中国・韓国の台頭が示しているのは「技術とクオリティのギャップが急速に縮まっている」という事実です。
年間650作品の中で、日本アニメが「質で圧倒する」だけでは選ばれ続けるのが難しくなってきている。ここにデータの出番があります。
MALのデータを使えば、たとえば「北米の25-34歳男性に最も支持されているジャンルはダークファンタジーで、視聴完了率が最も高いのは12話完結のフォーマット」といった粒度の分析が可能になります。
つくる前に、届ける相手の輪郭を知る。
これは「データでクリエイティブを縛る」のではなく、650分の1にならないための武器です。
データを武器にする──週次レポートとダッシュボード
セミナーでは、MALが提供しているデータプロダクトについても紹介がありました。
MAL Weekly Report。毎週のスコア推移や作品間の相関関係を可視化するレポートです。たとえば、ある作品のスコアが放送開始3話目で急上昇した場合、その週に何が起きたのか──話題のエピソードだったのか、SNSバズが影響したのか──を追跡できます。
https://www.gem-standard.com/p/products/172
https://www.gem-standard.com/p/products/172
MAL Dashboard。こちらでは、作品ごとの男女比率、国別分布、年齢層などのデモグラフィックデータが確認できます。
これ、アニメの制作委員会やライセンスビジネスの現場ではかなり使えるツールだと思うんです。
たとえば海外での独占配信権を販売する際、「この作品はブラジルとメキシコで特にMembers数が伸びている」というデータがあれば、配信プラットフォーム側との交渉材料になります。あるいは、グッズ展開の優先地域を決める判断材料にもなる。
わたしが以前エンタメ事業の統括をしていた時に痛感したのは、「ファンの熱量は数字にしないと社内で伝わらない」ということです。「SNSでバズってます」では経営会議で予算はつきません。「MALスコア8.5、Members数50万、視聴完了率82%」と言えれば、意思決定のスピードが変わります。
アニメビジネスの意思決定は長らく「プロデューサーの勘と人脈」に依存してきました。それが悪いわけではありません。ただ、年間650作品が出て、TOP20の3分の1以上を他国勢に取られる市場で、「勘」だけで戦い続けるのは、さすがに厳しい。
2026年、ファンが最も期待している作品
セミナーではMALユーザーへのアンケート結果も公開されました。
新規作品の期待1位: 『とんがり帽子のアトリエ』
続編の期待1位: 『Re:ゼロから始める異世界生活』
この結果自体はファンコミュニティでは予想通りかもしれません。ですが注目すべきは、MALがこうした「期待値」をデータとして定量化し、放映前の段階で市場の温度感を可視化していることです。
従来、アニメの放映前評価は「PV再生数」「ティザービジュアルのX拡散数」くらいしか指標がありませんでした。MALの期待値データは、それを2,000万人規模の母集団で裏付けるものです。
制作サイドにとっては、「この作品のプロモーションにどれだけ予算を割くか」の判断が、データで支えられるようになる。作ってから売るのではなく、作る前から市場の期待値を織り込む。この発想の転換が、これからのアニメビジネスでは必須になると思います。
AIとデータの掛け合わせ──MALが目指す「予測」
溝口さんはセミナーの終盤で、今後の構想についても触れています。
MALが保有する一次データ(ユーザーの評価・視聴行動)と、エンタメ企業の配信データやSNSデータを掛け合わせることで、「予測精度を高める」方向に進むとのことです。将来的にはAIを活用した分析も視野に入れていると。
ここにも、見過ごせないポイントがあります。
こうした予測が出せるようになれば、追加投資(劇場版の制作決定、海外イベントの開催、グッズ生産のロット数)の判断スピードが劇的に上がります。
アニメ業界は「ヒットが出てから慌てて動く」構造を長年抱えてきました。データ予測が精度を持つようになれば、「ヒットの兆しが見えた段階で先手を打つ」ことが可能になります。
この話が意味すること
アニメを「作る力」で差がつく時代は終わりに近づいている。これからは「届ける知性」で差がつく。
2,000万人のデータは、クリエイターの才能を否定するものじゃない。才能が正しく届く確率を上げるものです。
年間650作品の海で、勘だけを頼りに泳ぎ続けるのは、もう体力の問題じゃなくて戦略の問題です。
そして、MALのデータが示しているのは、3つのことだと思います。
1つ目。「日本アニメ一強」の時代が、データ上もう終わりかけているということ。TOP20の3分の1以上を中国・韓国勢が占める現実は、5年前には想像できませんでした。これを脅威と見るか、市場拡大のサインと見るかで、次の打ち手が変わります。
2つ目。海外アニメファンの行動は数字で読める時代に入ったということ。「海外で人気」という曖昧な言葉に頼る必要はもうありません。2,000万人分の視聴データが、誰が・何を・どこまで観たかを教えてくれます。
3つ目。データとAIの組み合わせが「作品評価」から「市場予測」へと進化しようとしていること。作ってから売る、ではなく、作る前に市場を読む。この転換ができた組織が、次の10年を制すはずです。
わたし自身、エンタメの現場にいた時間が長いからこそ、「データでクリエイティブを縛るな」という感覚はよくわかります。でも、溝口さんが言うように「クリエイターの迷いを解消するため」にデータを使うのなら、それはクリエイティブの敵ではなく、最強の味方になるんじゃないかと思うんです。
「一強」が崩れたあとの世界で、日本アニメが次の10年をどう戦うか。答えのひとつは、すでにMALの2,000万人のデータの中にあります。
それでは。










こんなに海外アニメファンをデータで見れるようになっていることに驚きです。データバレーが導入された時のことを思い出しました。アニメもこれが標準になっていくんですね。
中国・韓国のアニメも最近クオリティが高くなってますね。国による投資や販売戦略が上手な国なので、日本も戦略的に動いていく必要があるんだろうなと思います。