世界一のゲームを持つKADOKAWAは、それをどう"持て"ばいいのか
Elden Ringを生み出した、フロム・ソフトウェアとKADOKAWAの話
Elden Ringは、世界で2,500万本以上売れたとされています。しかも、そのおよそ9割が海外なんですよね。発売初年だけで2,000万本を突破し、直近の公式発表では2,500万本に達したという圧倒的な数字が記録されています。
これだけ売れたゲームを作ったのは、フロム・ソフトウェアという会社です。そして、そのフロムの過半を持つ親会社が、KADOKAWAなんです。
ところが、その膨大な本数が生んだ利益は、KADOKAWAの懐に十分には回っていません。少なくとも、香港のアクティビストファンドはそう見ています。
ここで一つだけ、先に言わせてください。掘る力と、掘った価値を自分の懐に入れる力は、まったく別の筋肉です。これは規模こそ違え、いいスキルがあるのに案件をぜんぶ代理店や元請け経由でしか動かせない個人と、驚くほど同じ形をしています。
前に、KADOKAWAの出版部門が営業利益マイナス51.6%まで沈んだ話を書きました。漁場の呪い、と呼んだやつです。なろうという巨大な漁場を持ちすぎた会社が、編集者の筋肉を点数というKPIで萎縮させてしまった、という話でした。
本記事では、その続編を書きます。ただ、今度の問いは少しややこしいんです。KADOKAWAはいま、正反対の二つを同時にやろうとしている。一つは、外に渡してきた”取り分”を、まだ取り戻せていない。もう一つは、本来は抱え込めないはずの”才能”を、社員化して抱え込もうとしている。
手放したのは取り分で、抱え込もうとしているのは才能。——なぜ、逆なのか。この記事は、その一点を解いていきます。
5月に、立て続けに起きたこと
2026年5月14日、KADOKAWAが2026年3月期の決算を発表しました。全社の営業利益は81億200万円、前期比でマイナス51.3%です。出版だけでなく、会社全体で利益がほぼ半分になりました。
同じ日、KADOKAWAは45歳以上・勤続5年以上の社員を対象に、早期退職の特別募集を決議しています。募集期間は6月1日から6月26日。割増退職金と再就職支援をつけ、募集人数の上限は設けないそうです。
そして6日後の5月20日。香港系のアクティビストファンド、Oasis Managementが動きました。2026年3月にKADOKAWAの筆頭株主になっていた彼らが——保有比率13.76%、投資総額は5億4,000万ドル超とされます——夏野剛CEOの再任に反対せよと全株主に呼びかけたんです。決戦の場は6月24日の株主総会です。
Xでは、この要求を関西弁で要約した投稿が大きく拡散していました。フロムめっちゃ良いゲーム作ってるのに、なんで自分でパブリッシャーせえへんねん、社長辞めろや、と。下品に聞こえるかもしれません。でも、正直これがOasisの主張のいちばん正確な要約だと思うんです。
ここまでが、前作を書いた時点の景色でした。ところがこの5月、もう一つの動きが重なってきます。攻められている当の夏野CEOが描く、反転攻勢の絵です。
KADOKAWAは今年、若手アニメーターを”社員として”採用して育てる新スタジオ「KADOKAWAクリエイターズ」を立ち上げました。外注に頼ってきた作画を、内製で抱える方向です。さらにこの秋には、グループのアニメ制作5社を一つのオフィスに集約する。およそ400人を、池袋の一拠点に統合するという構想です。
つまり、こういう構図なんです。
物言う株主は「ゲームの販売を自分でやって、取り分を取り戻せ」と迫る。夏野CEOは「アニメの制作を自分で抱えて、人材も利益も囲い込め」と動く。どちらも”内製化”という同じ言葉で語られます。でも、中身はまったく別物なんですよね。
利益の柱は、出版ではなくゲームだった
KADOKAWAの2026年3月期、セグメント別の営業利益を並べてみます。
出版・IP創出は40億5,400万円で、前年比マイナス51.6%。このうち出版事業の単体では、前年32億円の黒字から10億円の赤字へ転落しました。アニメ・実写映像も、前年47億円の黒字から4億円の赤字に落ちています。
そんな中で、ゲーム事業は75億4,100万円の営業利益を出しました。前年比マイナス20.9%。ゲームも減ってはいるんです。それでも、沈んだ出版セグメントのおよそ1.86倍を稼いでいます。
つまり、いまのKADOKAWAを実質的に支えている利益の柱は、出版でも映像でもなく、ゲームなんですよね。そしてそのゲームの中心に、フロムがいます。
大量に売れた価値は、どこへ行ったのか
Elden Ringの世界累計は、公式に発表された最新の節目で3,000万本を超えています。直近では4,700万本に達したとも言われ、発売初年だけで2,000万本という数字も伝わっています。いずれにせよ、桁外れのヒットだということは間違いありません。
ただ、これを世界で売っていたのは、フロムではないんです。バンダイナムコエンターテインメントでした。海外パブリッシャーとして、流通とマーケティングを担っています。
Oasisが問題にしているのは、ここです。外部のパブリッシャーが、開発元にロイヤリティを払う前に価値の大半を先に取る。だから、フロムの過半を持つKADOKAWAグループに利益が十分に回ってこない。Oasisはこれをprofit leakage、利益の流出と呼んでいます。せっかく自分の畑で穫れた作物の取り分が、運んでくれる業者に多めに渡っている状態、というイメージです。
ただし、ここは正直に書いておきたいんです。フロムが自社で世界に売れば利益が劇的に改善する、というのはあくまでOasisの主張であって、確定した事実ではありません。外国語へのローカライズ、世界中の流通網、巨大なマーケティング。これらをバンダイナムコが担cっているのなら、それは立派な参入障壁です。価値の大半を取るのは、その障壁を引き受けている対価でもある、と見ることもできます。
販売の筋肉は、外から取り戻せる
前作で、わたしは出版社の本当の武器は刊行点数ではなく、編集者という筋肉だと書きました。新人を見つける目利き。才能に投資する勇気。本屋からアニメまでIPを増幅していく流通網。この一連のループを回す力です。
ゲームでも、似た筋肉の話ができます。世界最強のIPを自分で世界に売り切るには、ローカライズ、各国プラットフォームとの交渉、グローバルマーケティングという、作品を作るのとはまったく別の筋肉がいる。KADOKAWAは、その販売の筋肉をバンダイナムコに預け続けてきました。
ここで大事なのは、販売の筋肉は、時間とお金と汗かくけれど、後から自前で育てられる、ということです。流通網は契約で広げられる。各国法人はつくれる。マーケティングは採用と投資で積み上がる。実際、Oasisが「自分で売れ」と言えるのは、それが原理的には可能だと知っているからです。
最近だと、成功例として東宝が北米における配給体制を見直し、『ゴジラ-1.0』などの自社作品を現地の外部配給会社に任せるのではなく、米国の自社子会社を通じて直接配給したのが記憶に新しいですよね。手放した取り分は、設計をやり直せば、そして、汗と時間とお金を注ぐ決意があれば、まだ取り戻せるんですよね。
夏野CEOの「主な言語圏すべてに子会社を置く」というグローバル構想も、この販売の筋肉を内に取り込む話なら、方向としては正しい。問題はもう一方で、まったく性質の違うものまで抱え込もうとしていることです。
けれど、創る筋肉は抱え込めない
それが、アニメーターの社員化であり、制作5社の統合です。ずんだもんの発案者の柳さんが、Xでこのようなポストをされておりました。
これは、わたしが前作で「漁場の呪い」と呼んだものの、もっと根っこにある話だと思うんです。出版で編集者の筋肉を点数で萎縮させたのも、突き詰めれば「創る力を会社の論理で管理しようとした」結果でした。創る筋肉は、抱え込んだ瞬間から痩せていく。豊富な資源を持つ会社ほど、これをやりがちなんです。
手放したものと、抱え込もうとしたもの
ここで、最初の問いに戻ります。
KADOKAWAは、取り戻せるはずの”取り分”を外に預けたまま、抱え込めないはずの”才能”を社員化で囲い込もうとしている。順番が、逆なんですよね。
本当にやるべきだったのは、おそらく逆でした。販売や流通といった「後から育てられる筋肉」は内に取り込み、創るという「囲い込むと痩せる力」には、むしろ自由と温室を用意する。掘った価値の取り分は自分で設計し、掘る才能には手を出しすぎない。
夏野氏のCEO就任は2021年6月でした。Oasisは、この在任中の業績悪化を数字で突きつけています。全社の営業利益は136億円から81億円へ。1株当たり純利益は77.42円から8.71円へ、およそ89%の下落。ROEは8.2%から0.5%まで落ちました。
この数字は、価値を生めなかった証拠ではない、とわたしは思うんです。フロムは現に世界中で買われるゲームを作っている。問題は、生んだ価値を取り込む設計と、生む才能を生かす設計を、両方とも取り違えたことのほうです。
皮肉なのは、ここから先です。ソニーグループやテンセント関連会社はこれまで、KADOKAWA本体やフロム・ソフトウェアに対して数百億円規模の出資を行ってきました。そこには、強力なIPを使ってグローバルで稼げる体制を作れ、という資本からの強烈なメッセージが込められているんですよね。そして2026年3月、そのソニーを抜いて筆頭になったOasisが、より強い言葉で同じことを言う。取り込めていない、と。資本が、二重に同じことを言っているんです。
最強を継続できるか
ここまでの問いに、わたしなりに答えるとこうなります。
KADOKAWAは、時間をかければ取り戻せる”取り分”を外に預けたまま、そもそも抱え込めない”才能”を社員という鎖でつなごうとしている。順番が、あべこべなんですよね。
本当にやるべきは、逆です。販売や流通といった後から育てられる筋肉は、腰を据えて内に取り込む。一方、創るという、囲い込むほど痩せていく力には、口を出さず、環境を用意する側に回る。掘った価値の取り分は自分で設計し、掘る才能そのものには手を出しすぎない。出版社が100年かけてやってきたのは、まさにこれでした。
フロムという世界最強の鉱脈を抱えた会社がやるべきは、才能を正社員という檻に入れることではなく、その才能が次の『エルデンリング』を掘り当てるまで、黙って増幅装置を磨いておくことだと思います。6月24日の総会で夏野体制がどうなるにせよ、フロムが10年後も最強でいられるかどうかは、KADOKAWAが「取り分の設計」と「才能の環境」の、どちらに手をかけるかで決まる。少なくとも、かつてエンタメの現場にいた人間としては、そう見ています。
ところで、この「すごい才能は、そもそも会社のものにできない」という話。じつは、これだけで一本書けるくらい、根が深いテーマなんです。それはまた後日に。
それでは。








