「音楽サブスクで食えない」のに、音楽市場が史上最高な理由。
なにを隠そう、わたしはサカナクションの大ファンだ。今年もライブチケットの抽選当たれ!と祈っている。そんな憧れのサカナクションの山口一郎さんが、YouTubeの配信で語った言葉が話題になっていました。
「サブスクリプションで三億再生されたって何の意味もないから。サブスクでの収益なんてほぼ無いようなもん」
CDの時代は「3,000円のCDで90円」の印税だった、とも。Xのタイムラインには「夢がない」「音楽で食えない時代」という声が並びました。
気持ちは、わかります。3,000円のCDが1枚売れると、90円。200万枚売れれば1億8,000万円です。それがいまは、1再生でコンマ数円。あの時代を知っている人が「ほぼ無い」と言いたくなるのは、当然だと思うんです。
ただ、この話には続きがあります。
この発言を受けて、実際に計算したポストが流れてきました。TuneCoreという配信代行を経由した実例値で、1再生あたり約0.64円。3億再生なら、0.64円 × 3億 = 1億9,200万円。
CD200万枚の印税が、1億8,000万円。サブスク3億再生が、1億9,200万円。
ほぼ、同じ金額なんです。
え、と思いませんか。「ほぼ無い」はずのサブスクの収益が、計算してみるとCD全盛期の大ヒットと同じ額になる。山口さんが間違っているのか、試算が間違っているのか。
わたしは、どちらも正しいと思っています。そして「どちらも正しい」が成立してしまう場所にこそ、いまのエンタメビジネスでいちばん大事な構造が隠れています。
問いは、ひとつです。
音楽は、本当に安くなったのか。
🎙️この記事はポッドキャストでも聴けます。合わせてどうぞ。
「ほぼ無い」と「1.92億円」は、両方正しい
先に種明かしをすると、山口さんの実感と1.92億円の試算は、別の場所の話をしています。
0.64円という単価は、配信代行を経由してアーティスト側に直接入ってくるケースの実例値です。一方、メジャーレーベル所属のアーティストの再生収益は、「配信サービス→レーベル→事務所→制作費の回収→本人」という何層もの座組を通ってから届きます。各層が、それぞれの機能の対価を取っていく。まとめの中でも「メジャー所属だと、実際の手取りは微々たるもの」という指摘が並んでいました。何層を通って受け取るかで、同じ3億再生でも、届く金額はまるで変わるんです。
つまり「サブスクは儲からない」のではなくて、同じ3億再生でも、TuneCore(チューンコアとは、個人で活動するアーティストが自身の楽曲をApple MusicやSpotifyなどの音楽配信ストアやSNSへ簡単に配信・販売し、収益化できる世界的な音楽配信代行サービス)で直接受け取るか、多層の座組の末端で受け取るかで、手取りが桁で変わるんです。
以前、J-POPの世界進出の記事で「どの経路で出るかは、稼ぐ額ではなく、5年後に手元に何が残るかを決める選択だ」と書きました。出ていくときだけではありません。受け取るときも、まったく同じ構造で経路が効いています。
「J-POP世界進出」の解像度を上げまくったら、5つの「別のアメリカ」が出てきた
2025年、Adoは世界33都市で50万人を動員しました。ロサンゼルスのCrypto.com Arenaを、日本人アーティストとして初めてソールドアウトさせています。同じ年、藤井風はDrakeやアリアナ・グランデ、The Weekndと同じレーベル、Republic Recordsと契約し、全曲英語のアルバムをリリースしました。
著作権印税分配を、死ぬほど見てきた
ここで、わたしの昔の話をさせてください。
わたしは音楽業界の人間ではありません。でも前職のエンタメ企業で、漫画業界の「著作権印税分配」なら死ぬほど見てきました。
紙の漫画が1冊売れると、定価のだいたい半分、強い出版社なら6割が出版社に入ります。これは正味(出版社から取次への卸値の掛け率)と呼ばれ、厳格に決まっています。残りの半分弱が書店の側。そこからさらに抜かれていきます。作家に入る著作権印税は、この正味に含まれており、ざっくり定価の10%前後です。
電子書籍になると、紙代も、輸送も、返本もなくなります。複製のコストは、ほぼゼロです。じゃあ作家の取り分は増えたのかというと、わたしが見てきた範囲では、10%。ところによって15%。出版社の取り分は安いところで4〜5割、高いところだと7割。取次の手数料が3〜5%で、プラットフォームは残りからのスタートです。
一方、noteやブログやアマゾンインディーズ漫画のようなダイレクトに売上を受け取れるサービスも存在します。noteは手数料10%以外著者が受け取れます。ブログもPVに応じて広告収益がもらえます。間に出版社や取次は入りません。
複製のコストが消えても、分配の階層は消えなかったんです。
念のために言うと、この階層は搾取ではありません。編集も、宣伝も、在庫のリスクも、各層がちゃんと機能を担った対価です。出版社がいたから世に出た作品はさらに広がるのです。問題は善悪ではなく、もっと事実のほうです。
作り手の手取りを決めているのは、単価ではなく、階層の数なんです。
著作権印税分配を見てきた人間として、サカナクション山口さんの数字とJ2kawaさんの数字が並んだとき、見慣れた景色だと思いました。多層の座組の下端で受け取れば「ほぼ無い」。直接の経路で受け取れば、CD時代の大ヒットと同じ金額。どちらも本当のことで、違うのは曲でも再生数でもなく、乗っている経路だけなんですよね。
「音楽は斜陽」どころか、史上最高
もうひとつ、意外な数字を置きます。
IFPI(国際レコード産業連盟)の2026年レポートによると、2025年の世界の録音音楽市場は317億ドル。前年比6.4%増で、11年連続の成長。史上初めて300億ドルを超えました。有料サブスクの利用者は8億3,700万人です。
「音楽で食えない時代」どころか、録音音楽の市場は、人類史上いちばん儲かっています。
しかも面白いのはここからで、同じレポートで、フィジカル(CD・レコード)が8.0%増で成長に戻っているんです。レコードにいたっては13.7%増で、19年連続の成長。配信が当たり前になりきった2025年に、「モノ」の音楽が伸びている。
再生の単価は下がり続けているのに、産業全体は史上最高で、しかもモノが復活している。バラバラの現象に見えますよね。でも、一枚の地図にすると全部つながります。
コピーできないものの価値が爆上がりしている
エンタメの値段は、「コピーできるか、できないか」で二極化しはじめています。
コピーできるもの。再生、配信、データ。こちらは限りなく薄く、広く、安くなっていく。1再生0.64円の世界です。そのかわり、地球の裏側まで一瞬で届きます。
コピーできないもの。ライブ、現場、モノ。こちらは逆に、史上最高値を更新し続けています。
証拠を、畳みかけます。
ぴあ総研によると、2024年の日本のライブ・エンタテインメント市場は7,605億円。前年比10.9%増で、過去最高です。コロナ前の2019年と比べても2割増。あらゆる音楽がいつでも聴ける時代に、「その夜、その場所」の値段がいちばん高くなっているんです。
海の向こうは、もっと極端です。NBAは2024年、ディズニー、NBC、Amazonと11年・総額760億ドルの放映権契約を結びました。年額にして、従来の約2.6倍です。そして今月のファイナル第3戦は、同時配信込みで平均約2,400万人が視聴し、第3戦としては1998年以来の数字になりました。ジョーダン最後の優勝の年以来、28年ぶりです。「テレビは死んだ」と言われて10年以上経つのに、生中継だけは、死んだはずのテレビで記録を出し続けているんです。
Netflixの動きが、いちばん正直です。「いつでも見られる」を武器に世界一になった会社が、いま買い集めているのは「その夜しか見られないもの」なんです。2024年11月のジェイク・ポール vs マイク・タイソン戦は、Netflixの発表で、世界1億800万人がライブ視聴。NFLのクリスマスゲームはアメリカだけで平均2,650万人。2025年からはWWEの看板番組Rawを10年契約で抱えました。コピーできる作品の王者が、コピーできない「今夜」を買いに来ています。
そして、いま開催中のワールドカップです。2026年大会、日本で全104試合をライブで見られるのはDAZNだけになりました。2022年大会は、ABEMAで全試合無料でしたよね。たった4年で、世界最大の「同時性」は、無料の窓から有料の窓の向こうへ移りました。同時性の値段が上がり続けている証拠として、これ以上わかりやすいものはないと思います。
再生は、回収装置ではなく導火線になった
ここまで来ると、山口さんの「意味がない」の置き場所が見えてきます。
3億再生に意味がないのではありません。3億再生「だけ」では、回収が完結しない時代になったんです。
CDの時代、複製は回収装置そのものでした。聴きたければ買うしかないから、複製に3,000円の値段がつけられたんです。いま、複製は0.64円で世界中に薄く広がる、導火線のようなものです。そして火がつく先の回収装置は、複製の外に移りました。過去最高を更新するライブの7,605億円。19年連続で伸びるレコード。高くても行く現場、この人に直接届けたいと思って買うモノ。
K-POPが、その教科書です。CDが売れない時代と言われながら、K-POPのアルバムはフィジカルで売れ続けています。あれはもう「音源を聴くための円盤」ではなくて、フォトカードの入った「推しとの接点というモノ」だからです。複製としてのCDは終わって、コピーできないモノとしてのCDが生きているんです。
以前、Spotifyのデータを読んだ記事で、年1億円稼ぐアーティストの80%は一度もバズっていない、という数字を紹介しました。濃い1%のファンが、再生の外。ライブ、グッズ、直接の支援——で支える構造です。バズ(再生の爆発)と、食えること(回収)は、もう別々の出来事なんですよね。
受け取り方を、設計できる時代
締めます。
山口さんの世代のミュージシャンは、複製が回収装置だった時代の、いちばん豊かな景色を知っています。あの景色と比べれば、いまの再生単価は確かに「ほぼ無い」。あの実感は、嘘でも誇張でもないと思います。
でも、いまから始める人が見るべき地図は、別のものです。
複製は史上最安で、史上最遠まで届きます。0.64円の導火線は、CDが一枚も置かれたことのない国の誰かにまで、火を運びます。そして回収装置は、史上最高値で待っています。日本のライブ市場は過去最高の7,605億円。世界の録音音楽市場は11年連続成長の317億ドル。Adoさんがロサンゼルスの2万席を埋めて「自分の客の名簿」を手に入れたように、導火線の先で関係を資産に変えた人から、複製の外の収益を積み上げていきます。
漫画の印税分配を見てきた人間として、最後にひとつだけ。作り手の手取りを決めるのは、才能の量でも再生の数でもなく、座組の設計です。そしてその選択肢は、CDと紙の本しかなかった時代より、いまのほうが圧倒的に増えています。
3億再生は、意味がないのではありません。意味の取り出し方を、自分で選べるようになった。
わたしには、そういう時代に見えます。
それでは。









山口さんは前職で一度ご一緒しましたが、とても個性的な方でした。
再生は火種でしかなく、本当の勝負はその先の「会いに行く理由」を作れるかどうか。
「数字の大小よりも、どの経路を選ぶかで景色がまるで変わる」
その視点が、今のクリエイターに一番必要なんだと思います。
「食えない時代」ではなく、「設計しないと食えない時代」
裏を返せば、設計できる人にはこれまで以上にチャンスがある時代でもあるんですよね🐾