「J-POP世界進出」の解像度を上げまくったら、5つの「別のアメリカ」が出てきた
2025年、Adoは世界33都市で50万人を動員しました。ロサンゼルスのCrypto.com Arenaを、日本人アーティストとして初めてソールドアウトさせています。同じ年、藤井風はDrakeやアリアナ・グランデ、The Weekndと同じレーベル、Republic Recordsと契約し、全曲英語のアルバムをリリースしました。
XGはコーチェラのサハラ・ステージのヘッドライナーに立ちました。日本人女性アーティストとして、初めてです。千葉雄喜は、Megan Thee Stallionの「Mamushi」に客演し、Billboard Hot 100の36位まで上り詰めました。日本語のラップのまま、です。
これらはぜんぶ、「J-POPがついに世界へ」という1つの見出しでまとめられます。SNSでも「日本の音楽がすごいことになってる」と語られます。
最初は、わたしもそう思って眺めていました。でも、仕事柄、4組の届き方を一つずつ英語のメディアで追っていくと、妙なことに気づきます。何度並べ直しても、同じ結論が出てくるんです。
彼らは誰ひとり、同じ「アメリカ」に届いていない。
では、なぜ1つの言葉でまとめられるのに、中身はバラバラなのか。ここを解きほぐすと、「J-POP世界進出」という言葉が、いかに大雑把な福袋かが見えてきます。
「J-POP世界進出」という現象は、存在しません
問いの答えを、先にシンプルに言ってしまいます。
「J-POP世界進出」なんていう、ひとかたまりの現象は存在しないんです。あるのは、Goldenvoice、Republic Records、88rising、Megan Thee Stallion、そしてアニメ。この5つの別々の入り口が、日本人アーティストを1人ずつ、まったく違うアメリカへ吸い込んでいく光景だけです。
同じ「アメリカで成功した日本人」に見えて、Adoが立っている場所と、藤井風が立っている場所は、地図の上でまったく別の大陸なんですよね。
まずはこの「別のアメリカ」を、4組の実例で一つずつ解像度を上げていきます。ここまで読んでもらえれば、「J-POP世界進出」という言葉がどれだけ雑な福袋か、はっきり体感できるはずです。そのうえで後半、この4組の足跡が、実は5つの「ライセンス契約の型」にきれいに翻訳できること、そして本当の勝負がアーティストの裏側で起きていることまで、読み解いていきます。
「Adoがアメリカで人気」と「藤井風がアメリカで人気」は、別の経路
まず、ひとつ確認しておきたいことがあります。
「Adoがアメリカで人気」と「藤井風がアメリカで人気」は、同じ意味の文章に見えて、中身がまったく違います。
Adoが届いたのは、アリーナを埋める「ライブ市場のアメリカ」です。チケットを買って、会場に足を運ぶ人たち。匿名性を保ったまま、シルエットだけで2万人規模のアリーナを満員にする。これはストリーミングの再生数とは別の、フィジカルな熱量の世界です。
藤井風が届いたのは、「メジャーレーベルのアメリカ」です。Republic Recordsという、ポップスの最高峰が名を連ねる会社の名簿に、自分の名前を載せました。これは「アメリカのリスナーに聴かれる」のさらに先、「アメリカの音楽産業の内側に入る」という話なんですよね。
千葉雄喜が届いたのは、「ヒップホップのアメリカ」です。しかも、自分から行ったというより、Megan Thee Stallionという現地のスターに引き上げられました。Billboardを見ると、「Mamushi」はMeganのキャリア5度目のRhythmic Airplay1位として報じられています。主役はMeganで、千葉雄喜は客演です。日本では「日本人がHot 100入り」という主役の話、アメリカでは「Meganの新しい記録」という脇役の話。同じ曲なのに、主役の置き場所が太平洋をまたいで入れ替わっているんです。
XGが届いたのは、もっとややこしい。彼女たちはメンバー全員が日本人ですが、韓国で育成された「Kポップの制作ライン」に乗っています。アメリカのメディアは彼女たちを「Japanese girl group」と書きますが、ファンの間では平気でKポップに分類されます。XGが届いたのは「日本でも韓国でもない、アジアンポップのアメリカ」なんですよね。
ね、全部、別のアメリカでしょう。
この「別のアメリカ」の正体を、Ado1組だけ最後まで追いきってみます。ここを完走させると、残りの3組がどれだけ違う場所にいるかが、逆にくっきり見えてくるからです。
Adoが埋めたCrypto.com Arenaは、約2万席のバスケットボール・アリーナです。ここを満員にするということは、ストリーミングで2万回再生されることとは、まったく意味が違います。再生は「ながら」でも積み上がりますが、アリーナの2万席は、一人ひとりが100ドル前後を払い、その日の夜を空け、会場まで足を運んで初めて埋まる。消費される熱量の単価が、桁で違うんです。しかもAdoは顔を出さず、シルエットと歌だけでそれをやってのけた。これは「アメリカのリスナーに広く薄く知られている」のではなく、「アメリカに、わざわざ金と時間を払う濃いファンが2万人いる」ことの証明なんですよね。
そして決定的なのは、この2万人の連絡先と購買履歴が、Ado側(クラウドナイン側)の資産として残ること。次に来日公演でも単独ツアーでも、この客にもう一度声をかけられる。ライブ市場のアメリカに届くというのは、再生数という”通り過ぎる数字”ではなく、”名簿という積み上がる資産”を掴むことなんです。
ここまで解像度を上げると、もう分かるはずです。藤井風がRepublic Recordsの「名簿」に載ったのも、千葉雄喜がMeganの曲の「一席」を借りたのも、Adoの「2万人の自分の客」とは、手元に残るものがまるで違う。同じ「アメリカで成功」という言葉が指している中身が、4人とも違うんです。Adoは会場と客を、藤井風は産業内の地位を、千葉雄喜は他人の主役曲の一席を、XGは国籍が溶けたカテゴリーを掴んでいる。「J-POP世界進出」という1枚の福袋を開けると、まったく形の違う4つのものが入っていた——これが、英語のメディアを並べ直して最初に見えてくる景色です。
「損なほう」を選んだ日
ここで、少しだけ昔の話をさせてください。この「別のアメリカ」の話が、なぜわたしが調べたくなったのか、その理由でもあります。
前職で、ある作品を海外へ出す座組を組んでいたときのことです。選択肢は大きく2つありました。自分たちで現地に拠点を作り、時間とお金をかけて直接展開していく「自前」の道。もうひとつは、海外の大手に独占ライセンスで丸ごと預けて、向こうの巨大な流通網に乗せてもらう「委託」の道。
数字だけ見れば、答えは明らかでした。委託のほうが、初年度の利益は何倍も大きく出る。会議室のホワイトボードに並んだ試算表は、誰がどう見ても委託に軍配を上げていました。
それでもわたしは、利益の小さい「自前」を主張しました。理由はひとつです。委託で稼げるのは、相手がうちのIPを”扱いたい”と思っている間だけだから。流通の蛇口を相手が握っている以上、向こうの都合で棚から外されたら、それで終わる。自分の手元には、売上の記憶しか残らないんですよね。
このとき骨身にしみたのは、「どの経路で出すか」は、稼ぐ額の話じゃないということでした。それは、5年後に自分の手元に”何が残るか”を決める選択なんです。同じ売上でも、経路が違えば、あとに残る資産の種類がまるで違う。
そして、いま英語のメディアでAdoや藤井風の足跡を追っていると、あのときホワイトボードの前で感じた緊張が、そっくりそのまま蘇ってくるんです。彼らもまた、知ってか知らずか、「5年後に何が残るか」が違う5つの経路の、どれかを選ばされている。
ここから先で読み解くこと
ここまでは、「同じアメリカに見えて、全部違う」という”地図の読み方”の話でした。ここから先は、その地図を、わたしの職業の言葉に翻訳していきます。具体的にはこの3つです。
5つの経路は、そっくりそのまま「IPライセンス契約の5つの型」に翻訳できます。どの経路がどの型にあたるのか——そして、どの型を選んだかで5年後に手元へ残る資産がどう変わるのかを、現場の事例で一つずつ当てていきます
5つの経路は、仲良く並んでいません。88rising、クラウドナイン、CEIPA、アメリカのレーベルが、「日本人アーティストの入り口」そのものを誰が所有するかで、水面下で杭を打ち合っています
だから本当の勝負は、「経路を握る側」で起きています。なぜ藤井風が全曲英語という”いちばん難しい型”をあえて選んだのか、その意味まで踏み込みます
ここからは「次にどの日本人がアメリカに届くか」の話ではありません。「この5本の入り口を、最後に誰が握るのか」という、もう一段奥の地図の話です。
これは、ライセンス契約の5つの型だ
ここで、わたしのプロデューサーとしての職業病が、本格的に顔を出します。
英語圏のソースを整理していくと、日本人アーティストがアメリカに到達するルートは、きれいに5つに分かれていました。そしてこの5つ、見れば見るほど、キャラクターやIPのライセンスビジネスの構造と、そっくり同じなんです。並べてみると、笑ってしまうくらいに。
1つ目は、興行の経路。これは自社運営にあたります。クラウドナインがコーチェラ主催のGoldenvoiceと組んでロサンゼルスで開いた35,000人規模のフェス「Zipangu」が象徴です。事務所や業界団体が束になって、ライブの場を自分で作りにいく。Adoやちゃんみな、HANAがここに乗りました。これはキャラクターのテーマパークを自分で建てるのに近い。リスクは大きいですが、コントロールも利益も全部自分のものになります。
2つ目は、メジャーレーベル直結の経路。大手との独占ライセンス契約にあたります。藤井風がRepublic Recordsと直接契約したのがこれです。個人のアーティストが、アメリカの巨大レーベルのA&R(新人発掘の担当部門のこと)に見出されて、内側に取り込まれていく。ディズニーに自分のキャラクターを預けるようなものです。世界一の流通網に乗れる代わりに、ハンドルの一部は相手に渡すことになります。
ちなみに、ここで一つ笑ってしまった事実があります。藤井風の3rdアルバム『Prema』を全曲プロデュースしたのは、NewJeansの「Ditto」や「Attention」を手がけた韓国のプロデューサー、250(イオゴン)。さらにシングル「花」と「Feelin’ Go(o)d」では、あのCharli XCXの『brat』を手がけたロンドンのハイパーポップの首謀者、A.G. Cookが起用されていました。岡山出身のピアノ青年に、ソウルと世界でいちばん尖ったポップの仕掛け人が同時に集まる。この座組、3年前に誰が予想できたでしょうか。
3つ目は、アジアンコレクティブの経路。共同ブランドへの参加にあたります。88risingという、JojiやRich Brianを抱えるアメリカの集団があります。新しい学校のリーダーズは2020年からここに所属し、コーチェラの「Futures」ステージに立ちました。「アジアンポップ」という大きな暖簾の下に、自分の看板を一緒に掛けさせてもらう形です。
4つ目は、現地スターによる引き上げの経路。コラボレーションにあたります。千葉雄喜をMeganが引き上げたのがこれです。強いIP同士をかけ合わせる。ただし、引き上げてもらう側は、相手のブランド価値にぶら下がる構造でもあります。Meganがいなくなったら、その椅子も消える。
5つ目は、アニメタイアップの経路。これはOEMにいちばん近い。YOASOBIの「アイドル」、米津玄師の「KICK BACK」、Creepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」。自分の楽曲が「アニメの一部」という部品として流通し、作品という乗り物の力で世界中に運ばれていく。
Spotifyは「アニメは今も海外リスナーが日本の音楽を発見する主要な入り口だ」と明言しています。
冒頭で話した、わたしが会議室で「損なほう(自社運営)」を選んだ理由を思い出してください。あれは、この5つの型のうち1番目と2番目の選択そのものでした。藤井風がRepublic Recordsを選んだ瞬間と、Vaundyがどことも組まずにSpotifyのアルゴリズムだけで月間600万人のリスナーを集めている現在地は、まったく別のゲームなんですよね。どちらが上という話ではなく、そもそも乗っている乗り物が違う。そして乗り物が違えば、5年後に手元へ積み上がるものが違う。
88risingとクラウドナインは、同じ庭を取り合っている
もうひとつ、日本側からはほとんど見えないことがあります。
この5つの経路は、仲良く並んでいるわけではありません。「誰が日本人アーティストをアメリカに運ぶ主導権を握るか」をめぐって、水面下で静かに競合しているんです。
なぜ、取り合うのか。アメリカという市場が、日本の外に広がる桁違いに大きな大陸だからです。国内だけでも食べてはいけます。でも、最初に「日本人アーティストの入り口」を押さえた者が、その大陸へ渡る通行料を、これから何十年も取り続けられる。だから、みんな涼しい顔をして、その実、一歩も譲らないんですよね。
88risingは、2024年のコーチェラで5組もの日本人アクトを一気にステージに上げました。新しい学校のリーダーズ、YOASOBI、Awich、Number_i、初音ミク。5組を1日で並べてみせる。これは「アジア系のスターは、うちの庭から出てくる」という、88rising側の静かな宣言なんですよね。にぎやかなお披露目に見えて、やっていることは縄張りの杭打ちです。
その1年後、クラウドナインはGoldenvoiceと組んで、88risingを通さずに自前でフェスを開きました。「日本人アーティストのゲートウェイは、日本側が握る」という、もうひとつの旗です。88risingの庭を通らずに、自分の庭をいきなり35,000人サイズで開いてみせた。「アジア系の入り口」に「いや、日本人の入り口は日本人が作る」と返したわけです。表向きはお互い笑顔ですが、これ、なかなかの返し技なんですよね。
さらに、CEIPAという日本の音楽5団体の連合体が、Goldenvoiceやトヨタと組んで、ロサンゼルスでショーケースを開いています。個人で殴り込むのではなく、5団体で肩を組んで海を渡る。韓国政府主導のKポップ戦略を真似た。
そして、アメリカ側のレーベルも黙っていません。AvexはアメリカのCEOにBrandon Silverstein氏を据え、Universal Music傘下のRepublic Recordsは藤井風を直接サインしました。日本側が「入り口はこちらで作る」と動いた、まさにその裏で、アメリカ側は「出てくる前に、うちが直接つかまえればいい」と先回りしている。攻めと守りが、太平洋をはさんで同時に動いているんです。
日本から見える「みんなで世界へ」という1枚のお祭りの絵は、立つ場所をアメリカ側に移すだけで、別々の地主が日本人アーティストという畑を囲い込もうとする地図に変わります。お祭りが、陣取りに見えてくる。5つの経路の正体は、結局、日本人アーティストを運ぶ入り口そのものを、誰が握るかという奪い合いなんですよね。
藤井風が全曲英語を選んだのは、「後退」ではない
ここまでの地図を持ったうえで、最後に、わたしの目に何が映るかを話します。
まず、ひとつ確かなことがあります。アメリカに届いた日本人アーティストは、ひとりの例外もなく、何かの看板を借りていました。Adoはクラウドナインとコーチェラの看板を。藤井風はRepublicの看板を。千葉雄喜はMeganの看板を。XGはXGALXの看板を。あの「どことも組まない」Vaundyでさえ、Spotifyという世界最大のプラットフォームの看板を、ちゃっかり借りています。「自力だけで世界へ」という物語は、実はどこにも存在しないんですよね。
そして、どの看板を借りたかで、5年後に手元へ積み上がるものが変わる。冒頭のわたしの会議室の話と、まったく同じ構造です。興行の経路で自分の城を建てたAdoと、アニメという巨大な乗り物に乗せてもらった楽曲とでは、ヒットの大きさが同じでも、あとに残る資産の種類が違う。前者には「次も呼べる関係」と「自分の客の名簿」が残り、後者には「あの曲の人」という記憶が残る。どちらが上ではなく、積み上がるものが違うんです。
だからわたしは、藤井風が全曲英語のアルバムを出したことを「日本語で勝負しないのか」と落胆する声には、まったく同意しません。日本語のままでも届くことは、千葉雄喜やCreepy Nutsがもう証明しました。言葉の壁は、とっくに壁じゃない。その上で藤井風は、「届く」の先にある「メジャー圏で生き残る」という、もう一段むずかしいゲームに自分を置いた。5つの型のうち、いちばんハンドルを相手に預ける代わりに、いちばん遠くまで連れて行ってもらえる型を、あえて選びにいった。わたしの目には、あれは後退どころか、最難関の型を選んだ一手に見えるんですよね。
そして、ここがいちばんおもしろいところなんですが——これから本当に効いてくるのは、アーティストがどの経路を選ぶかより、誰がその経路そのものを握るか、のほうです。88rising、クラウドナイン、CEIPA、アメリカのレーベル。いま水面下で杭を打ち合っているのは、ステージで輝くアーティストたちではなく、その裏で入り口を所有しにいっている人たちなんですよね。
IPビジネスの歴史を振り返ると、最後にいちばん大きな果実を手にしたのは、たいてい「いちばん有名な作品」ではなく「その作品が流れる土管を持っていた会社」でした。ディズニーが強いのは、面白いキャラクターを生んだからだけじゃない。それを世界中へ流す経路を、自分で握っているからです。わたしが会議室であの日「損なほう」を選んだのも、結局は同じ怖さを知っていたからでした。土管を他人に握られた瞬間、どれだけ良いものを作っても、蛇口の開け閉めは自分の手の外にある。
だから、わたしがこの先いちばん楽しみに眺めているのは、「次にどの日本人がアメリカに届くか」ではありません。「この5本の入り口を、最後に誰が握るのか」のほうです。
Ado、藤井風、XG。彼らが立っている別々のアメリカは、その壮大な陣取り合戦の、いちばん華やかな一枚目の地図にすぎないのかもしれません。次の一枚に何が描かれるのか。プロデューサーとしては、ここから先こそ、目が離せないんですよね。
それでは。










楽しげな話と思いきやとても恐ろしい杭打ち合戦の話で戦慄しつつ 個々のアーティストが最善手をどう打つか深く考えているのも分かり
結果今後の日本のアーティストから目が離せなくなる そして裏の杭打ち合戦も楽しめそうです
「同じアメリカに届いていない」という切り分けが、いちばん印象に残りました。
J-POP世界進出という見出しは気持ちいいのですが、実際にはライブ市場、メジャーレーベル、ヒップホップ、アジアンポップ、アニメという、まったく別の入口がある。
音楽の成功談としてではなく、「5年後に何が手元に残るのか」という資産の話として読めるところが面白かったです。華やかなステージの裏で、土管の所有者たちが杭を打っている。そこを見せてもらった感じがしました。