結論から書きます。
IPをつくる方法は、世界にたった三つしかありません。
個人の狂気から生まれる
新しいメディアの波でトップを取る
武器を持つ企業が、強いIPを獲得して展開する
FateもちいかわもガンダムもホロライブもStardew Valleyも、すべてこの三つのどれかから生まれています。わたしが知る限り、例外はほぼ存在しません。
この結論にたどり着いたのは、ここ半年で複数社から「IPを作りたい」という同じ相談を受けたことがきっかけでした。業種も規模もバラバラなのに、みんなが同じところでつまずいている。2024年までエンタメ企業の事業統括としてIPビジネスに関わってきた経験と照らし合わせると、世の中のIPの生まれ方は、この三つのパターンにきれいに収束します。
ただ本題に入る前に、ひとつだけ揃えておきたいことがあります。「IP」という言葉の定義です。ほとんどの方がつまずくのは「作り方」以前の話で、「そもそもIPって何なのか」がぼんやりしたまま「作りたい」と言っているんですよね。「おいしい料理を作りたい」と言いながら「おいしい」の定義がない状態に近い
わたしの言う、IPの定義はこれです。
「長い時間に耐えられる、人を熱狂させるもの」
名前を聞いただけで胸が動くもの。10年経っても、20年経っても、誰かの人生に引っかかり続けるもの。
この定義を前提に、三つのパターンを順番に見ていきます。
ここから先、それぞれのパターンがなぜ機能するのか、どんな構造になっているのか、そしてわたしがエンタメ企業で複数の事業に関わった中で見てきた「うまくいく理由と、うまくいかない理由」を具体的に書いていきます。
パターン1:個人の狂気から生まれる
最も破壊力があって、最も再現性がない。そして──世界で一番強いIPの、ほぼすべてがここから生まれています。
熱狂。こだわり。偏愛。狂気。
形容はなんでもいいのですが、要するに「人から理解されなくても続けてしまう何か」から生まれるIPのことです。
いくつか事例を挙げてみます。
Fate(=TYPE-MOONの看板IP)は、同人ゲームから始まっています。奈須きのこさんが中高生の頃から書き溜めていた物語が原点で、商業的な計算は最初ゼロでした。それが今や世界累計収益1兆円を超えるフランチャイズになりました。FGO単体でも歴代モバイルゲームの売上トップクラスです。
ちいかわ。ナガノさんがTwitter(当時)に投稿していた漫画から始まって、経済圏は累計3,822億円(2021-2025年)。SNS漫画から日本を代表するキャラクターIPになりました。
進撃の巨人。諫山創さんは週刊少年ジャンプに持ち込んで落選しています。それでも描き続けて、累計発行部数1.4億部。「ジャンプに落ちた」という事実が、むしろこのIPの生命力を証明しています。
最近だとインディーゲームの勢いがすさまじい。『8番出口』は200万本を突破して映画化まで決まりました。Stardew Valleyに至っては、たった1人で開発したゲームが4,100万本。今やSteamの総収益の25%がインディーゲームです。
なぜインディーゲームが、数百人規模のスタジオを持つ大企業より強いIPを生めるのか。構造的な理由が三つあります。
第一に、意思決定が一人で完結する。
企業の場合、企画→稟議→承認→予算確保→人員アサインと、IPが生まれる前に何層ものフィルターがかかりますが、個人開発者にはそれがない。
第二に、ランニングコストが桁違いに低い。
大企業のIP開発は月に数千万円が消えていきますが、個人なら自分の生活費だけで回る。つまり「売れなくても続けられる」。
第三に、ファンとの距離がゼロ。Steamのレビュー、Discordのフィードバック、SNSの反応──作り手と受け手の間にフィルターがなく、熱量が直接伝播します。大企業では、ファンの声がクリエイターに届く前にマーケティング部門と法務が間に入る。
このパターンのIPは、もっとも時間耐久度が高い。
なぜか。始まりに「誰かの人生」が入っているからです。計算ではなく衝動から生まれている。だからストーリーに嘘がありません。ファンはその嘘のなさを嗅ぎ分けます。
ただし、ここが残酷なところなんですが、大企業にはこれができません。KPIと合理性の世界で「理解されなくても続ける」は許されない。稟議を通す時点で狂気は死にます。
わたし自身、最近までエンタメ企業の事業統括として、数億円規模の案件が担当者の異動/退社で白紙に戻ったり、社内決裁が通らず稟議で落とされるのを何度も見ました。数年で異動する担当者と、10年かけて育つIP。この時間軸のズレと、合理性で狂気をふるい落とす社内プロセスが、会議室でIPが生まれない構造的な理由です。
パターン2:新しいメディアの波でトップを取る
これは企業が唯一チャレンジできるIPの作り方かもしれません。
新しいメディアやプラットフォームが急成長するタイミングで、狂気的な量と質で参入し、そのメディアの「顔」になるパターンです。
事例を並べてみます。
YouTube黎明期 → HIKAKIN
ニコニコ動画 / 初音ミク → ボカロP文化そのものがIPに
VTuber → キズナアイ、ホロライブ
TikTok → おぱんちゅうさぎ(Z世代人気1位。伊藤忠がアジア展開に動いています)
小説家になろう → 転スラ、無職転生(Web小説プラットフォームが異世界系IPの量産基盤に)
Webtoon → 俺だけレベルアップな件(縦読み漫画→アニメ化でグローバルIP化)
ポッドキャスト → コテンラジオ(Apple Podcast総合1位。音声メディアの「顔」になりつつある)
このパターンの本質は、プラットフォームの成長エネルギーを借りられるということです。メディアが伸びている最中は、そこにいるだけでリーチが増える。その波に乗りながらコンテンツの質で天井を突き破っていきます。
企業がこれをやるなら、必要なのは意思決定の速さと、失敗を許容する文化です。新しいメディアが「来る」と判断してから稟議を通して予算をつけて人をアサインして──とやっている間に、個人クリエイターがもうトップを取っています。
ホロライブ(カバー株式会社)は、数少ない企業の成功例です。もともとはVR技術のスタートアップでしたが、キズナアイの登場でVTuber市場の可能性を見て即座にピボット。2023年に東証グロース市場に上場し、時価総額は926億円。VTuberという新しいメディアの波に、企業として最も早く・最も深く賭けた結果です。
※カバー社の最初のvtuber「ときのそら」の初ライブ動画。
そしていま、ポッドキャストがこのフェーズに入りつつあります。コテンラジオはApple Podcast総合1位を獲り、累計2億円を調達しました。音声メディアの「顔」は、まだ決まりきっていません。だからこそ、企業も個人のインフルエンサーもクリエイターも、続々とこの領域に参入しています。
コテンラジオ → 歴史系Podcastの代名詞。累計2億円調達、法人化
オードリーのオールナイトニッポン → テレビタレントがPodcastに進出し、東京ドーム公演を実現
OVER THE SUN → ジェーン・スーと堀井美香。ファンコミュニティが自走するIP化の好例
ゆる言語学ラジオ → 個人発の教養系。YouTube・Podcastの両軸で100万人規模のリスナー
星野源のオールナイトニッポン → アーティストがラジオ/Podcastで独自のIPを構築※終わっちゃいましたね。
Off Topic → テック・カルチャー系。企業メディア発でありながらファンが熱狂する稀有な例
パターン3:武器を持つ企業が、強いIPを獲得して展開する
三つ目は、自分でIPを「生む」のではなく、すでに熱狂が証明されたIPを獲得して、自社の強みで拡張するパターンです。
これは「武器」を持っている企業にしかできません。裏を返せば、武器を持たずにこのパターンを狙う企業は、ほぼ100%失敗します。
バンダイナムコ → ガンダムをはじめとするIPを玩具・ゲームで展開。2025年度通期予想2,300億円
サイバーエージェント → ABEMAの配信力でニトロプラスと組む
スパイラルキュート → ライセンス設計力で、ちいかわの商品展開を推進
ソニーミュージック/アニプレックス → アニメ制作・配信・グッズ流通の垂直統合で、鬼滅の刃・Fate・SPY×FAMILYをグローバル展開
KADOKAWA → 出版→アニメ→ゲームのメディアミックス戦略(その元祖)で、RE:ゼロ・オーバーロード等のラノベIPを世界市場へ
Hasbro(米)→ 玩具流通×グローバルリテールを武器に、トランスフォーマー・マイリトルポニーを映画・ゲームで多層展開
共通しているのは、IPそのものを作る力ではなく、IPを「増幅する武器」を持っているということです。
IPは増幅されることで寿命が延びます。ガンダムが40年以上続いているのは、バンダイが玩具とゲームで世代を超えてタッチポイントを作り続けたからです。ライセンスの取得と展開は、IPの時間耐久度を上げる行為そのものだと考えています。
ここで重要なのは順番です。
パターン1で種が生まれ、パターン2で広がり、パターン3で増幅される。このシーケンスが崩れた瞬間、IPは死にます。武器を持たない企業がいきなりパターン3から「IPを作りたい」と言うのは、手順が根本から間違っています。
三つのパターンに共通すること
ここまで整理して気づくのは、はじまりはいつも小さいということです。
パターン1は個人から。パターン2も、プラットフォーム自体は大きくても、そこでIPになるのは個人か超少人数のチーム。パターン3で企業が獲得するIPも、元をたどれば個人の熱狂から生まれたものです。
つまり、IPは設計できません。個人の熱狂から生まれて、仕組みによって大きくなります。
実は、この三つのパターンを最初から全部やってきた存在がいます。集英社、講談社、小学館など、日本の出版社です。
編集者が持ち込みやオーディションで個人の「狂気」を発見する(パターン1の目利き)。少年ジャンプや少年マガジンというメディアの波に乗せて世に広げる(パターン2)。そしてアニメ化、映画化、グッズ展開、海外ライセンスで増幅する(パターン3)。ONE PIECEの経済圏は5兆円を超えましたが、その始まりは尾田栄一郎さんが編集部に持ち込んだ1本のネームです。
出版社がやってきたのは、IPそのものを作ることではなく、個人の熱狂を見つけて、育てて、増幅する仕組みを設計することでした。IPは設計できない。でも、IPが生まれて大きくなるための仕組みは設計できる。日本の出版社は、それを100年近くかけて証明してきた存在です。
もうひとつ。ランニングコストが低くて早期にマネタイズできるIPほど続きます。IPは物語の継続によって強くなる。ストーリーが紡がれ続けることで、ファンの感情が蓄積されて、時間耐久度が上がっていきます。だからインディーゲームやSNS漫画は強い。制作コストが低くて、ファンからの反応が直接返ってきて、マネタイズまでの距離が短いからです。
ファンが一定数を超えたら、マルチメディアに展開する。グッズ、アニメ化、ゲーム化、イベント。ここで初めて企業の資本と武器が効いてきます。Steamのおかげでインディーゲームは最初からグローバルですし、Webtoonで漫画もそうなりつつあります。IPの初動と世界市場の距離は、確実に縮まっています。
じゃあ、企業と個人はそれぞれ何をすればいいのか
作り方は三つしかありません。でも、ここで大事なのは「自分はどこで戦うのか」を明確にすることです。
まずパターン1は、本質的に個人の領域です。企業がゼロからIPを生み出そうとするのは、正直かなり難易度が高い。稟議、異動、KPI──前述した構造的な理由で、狂気は組織の中で生き残れません。
では企業は何をすべきか。わたしは、パターン1の「目利き」に徹することだと思っています。
個人の狂気から生まれた小さなIPの中に、可能性のある原石を見つけ出す。そこに早い段階でお金と武器を投じる。自分たちで作るのではなく、光るパターン1を見つけて育てる。これが企業にとって最も再現性のあるIP戦略ではないかと考えています。
次に、個人と企業が同じ土俵で戦える場所はどこかというと、パターン2です。新しいメディアの波は、企業も個人もスタートラインが同じ。ここだけは企業規模が有利に働きません。むしろ意思決定の速さで個人が勝つことすらあります。
とはいえ、大体の企業には既存の主力事業で築いた資産があるはずです。流通網、顧客基盤、ブランド力、技術力。その資産を活かしてパターン1の目利きとパターン2への参入を組み合わせる──これが現実的な企業のIPへの入り方だと思います。
そしてさらに強いのは、企業の中にパターン1のような「理解されなくても続けてしまう熱量」を持った人間や組織がいるケースです。外のIPを見つけるだけでなく、内側にも狂気の火種がある。そういう企業は、目利きの精度も段違いに上がります。同じ熱量を持っている人間にしか、本物の熱狂は見抜けないからです。
となると、企業にとって本当に必要なのは「IPを作ること」ではなく、狂気が生き残れるカルチャーを育てることなんですよね。
いずれにしても、IPは時間もお金も非常にかかるものです。すぐに成果が出るものではありません。だからこそ、まず最初にやるべきなのは「パターン1の目利き」と「パターン2への挑戦」を実行できる組織をつくること。稟議で狂気を殺さない仕組み、新しいメディアに即座に賭けられる意思決定構造。IPそのものを作る前に、IPを生み出せる土壌を設計する必要があります。
そして個人の方へ。選べるのは基本的にパターン1しかありません。SNSに漫画を投稿すること。インディーゲームを作ること。小説家になろうやnoteに物語を書くこと。YouTubeに動画を上げること。ポッドキャストで自身の専門性を話すこと。──その小さな始まりの中に、理解されなくても続けてしまう何かがあるなら、それがIPの種です。
種が芽を出すかは、わかりません。でも蒔かなければ、絶対に芽は出ません。あなたの狂気が、いつか誰かの人生に引っかかる日が来ることを願っています。















