いい香りだから、売れる。香水って、そういうものだと思うじゃないですか。わたしも、ずっとそう思っていました。
でも、いま世界で伸びている韓国の新興香水(K-Fragrance)ブランドは大手ではなく、少量生産で作家性の強い、小さな作り手たちなんです。
その顔ぶれを並べてみると、どうもいい匂いだから人気、という話じゃないんですよね。
BLACKPINKのJennie(ジェニー)が広告に立つTAMBURINS(タンバリンズ)。

"Dirty Rice(蒸したご飯)"という名前の香水を、平気で売るBORNTOSTANDOUT(ボーントゥスタンドアウト)。
後者は2022年にソウルで生まれて、たった2年で60カ国に進出しました。2025年には、あのロレアルが出資しています。
彼らの発信やブランドビジネスの設計を追っていくと、あることに気づきます。肝心の、香りそのものの話を、驚くほどしていないんです。本記事では、 「なぜ"香りの良さ"で差別化しないブランドが、香水という土俵で世界を獲れるのか」 という問いを解いていきます。
韓国の香水が、香りの話をあまりしない理由
端的に言えば、こういうことです。
TAMBURINSもBORNTOSTANDOUTも、香りという"中身"を、いちばん最後につくっている。先に作っているのは、 模倣されづらい世界観 のほうなんですよね。
わたしはこれを『逆順の設計』と呼んでいます。模倣されやすいものほど、後に回す。 香水でいちばん模倣されづらいものって、匂いだと思うじゃないですか。でも、彼らは世界観を選んだのです。
この順番が、わたしたちの常識と、逆さまなんですよね。
普通は、中身で勝負するはずだった
香水は、嗅覚の商品です。だから中身=香りで勝負する。この考え自体は、間違っていません。実際、韓国ブランドも香りの質には妥協していない。
NONFICTION(ノンフィクション)は、名香を数多く手がけた世界的調香師Maurice Roucel(モーリス・ルーセル)を起用しています。中身は、ちゃんと一流なんです。
でもね、ここに落とし穴があります。
一流の調香師は、お金を払えば、どのブランドでも起用できる。つまり香りは、いちばん模倣されやすい層でもあるんですよね。今日すばらしい香りを作っても、明日には似たものが出てくる。いまは、いい香りを分析して近い処方に寄せる技術も、昔よりずっと安く、速くなりました。だから香りは、追いつかれるのがいちばん早いんです。ここを主戦場にするほど、消耗戦になっていく。香りだけで積み上げたブランドは、砂の上に建っているようなものなんですよね。
だから、香りを「最後」に作る
ひとつ、先に断っておきます。ここで言う「最後」は、品質の手抜きでも、開発の後回しでもありません。香りを"差別化の切り札"として、最後まで前面に立てない。そういう設計上の順序のことです。
そのうえで、ここからが構造的に面白いところです。
世界で伸びている韓国ブランドを横に並べると、きれいに共通する順序が見えてきます。ひと言で言える思想。物語になる名前。行くこと自体が体験になる店。生活に棲みつく日用品。そして、海外の一流小売と資本による信用。香りは、この一番うしろに置かれている。
面白いのは、この順序が「たまたま」ではないことです。どのブランドも、判で押したように同じ順番で積んでいく。つまりこれは、誰かの偶然の成功譚ではなく、なぞれば再現できる設計なんですよね。

わかりやすいのが、BORNTOSTANDOUTです。創業者のJun Lim(ジュン・リム)は、もともと投資銀行にいた人でした。お金の集め方をいちばんよく知っている人が、最初の旗艦店には外部の資本を一切入れていません。生涯の貯金と退職金を注ぎ、銀行からは借りられるだけ借り、集めていたアートも全部売って、ソウルの漢南(ハンナム)に建てています。本人いわく、あの店はいまも「実質は銀行のもの」なんだそうです。ロレアルという資本が来たのは、そのずっとあと。世界観が固まってから、お金が来ている。順序が、はっきりしているんです。
「思想・名前・店」という武器で、香りを囲う
もう少し、具体的に見てみます。外から見れば、彼らはただの香水ブランドです。でも設計図を開くと、そこにあるのは香りの会社ではなく、世界観の会社なんですよね。
ひとつ目は、ひと言の思想です。
BORNTOSTANDOUTは 「人と違うために生まれた」 という反抗。NONFICTIONは 「日常の静かな物語」という内省 。 TAMBURINSは 「異形の美」。
彼らは香りではなく、まず態度やスタンスを決めている。これは香りと違って真似ができません。真似したら、ただの物真似に見えてしまうからです。
ふたつ目は、名前です。
BORNTOSTANDOUTには"Dirty Rice(蒸したご飯)"という香りがあります。
別のブランドVilla Erbatium(ヴィラエルバティウム)は、"Rice Makgeolli(マッコリ)"を本気で香水にした。
ELOREA(エロレア)にいたっては、いまはもう使われない古い韓国語から、名前をつけています。日本で言えば、甘酒や味噌を、パリの一等地で香水として売るようなものなんですよね。変だからこそ、忘れられない。
香りは、嗅がないと伝わりません。でも名前は、嗅ぐ前に会話を生む。物語を生む。しかもマッコリのような固有名は、海外の人にとって「翻訳できる物語」になります。その土地に昔からあるものを使うことで、そこに培われた時間の価値と物語を、商品に込めることができるのです。名前の良し悪しは、結局この一点なんだと思います。その名前だけで、会話が起きるか。
みっつ目は、店です。
TAMBURINSの母体は、あのGentle Monster(ジェントルモンスター)を運営するIICOMBINEDという会社。店を「売り場」ではなく「美術館」のように作ることで知られてきた会社です。

そのノウハウを、そっくり香りに移植した。だから彼らの店は、商品を買う場所というより、ひとつの作品を見にいく場所になっている。
写真を撮りたくなる。 人に話したくなる。 店が、そのまま広告になっているんです。
エンタメで言えば、常設展やポップアップで"作品世界を歩ける"ようにする発想に近いと思います。
香りという模倣されやすいブランド核を、 思想とネーミングと店という、模倣されにくいレイヤーで、ぐるりと囲っている。これが、彼らの真似されづらい独自の武器なんですよね。
時間を稼いで資産を築く
武器は、もう一段あります。
ただし、ここから外側は、少し役割が変わります。
思想・名前・店が"真似そのもの"を遅らせるのに対して、もう一段は、競合が遅れている間に、客の生活習慣やスタイルを固め、ブランドの格を固めていく。稼いだ時間を、資産に変える層なんです。
彼らは香水にかぎらず、匂いを扱う商材、つまりフレグランス全般にラインナップを広げています。なかには、香りと一緒にコーヒーを出す併設カフェを持つブランドもある。香水は、年に何度も買うものではありません。
でもハンドクリームなら、毎日使う。低い頻度の主役の空白を、高い頻度の日用品が埋めて、ブランドのことを忘れさせない設計です。生活のなかに、静かに棲みついていく。エンタメで言えば、ライセンスやグッズや音楽で日常の接点を増やすのと、狙いは同じなんですよね。
そして最後に、信用です。無名の香りに「格」を後づけするために、彼らはHarrods(ハロッズ)やSephora(セフォラ)のような、格式のある一流デパートやセレクトショップの棚を取りにいきます。
あの店が置いている、という事実そのものが、第三者のお墨付きになる。ロレアルの出資も、役割は同じです。
自分たちで世界観を固めきったあとに、外の信用を借りにいく。ここでも、順序は崩していません。もし逆にしたら、どうなるか。世界観が固まる前に大きな資本や大型の棚が入ると、いろんな都合が混じって、あの尖った思想が少しずつ丸くなっていくんです。 だから彼らは、順番を守るために、我慢していると読めるんですよね。
「順番」にこだわる理由
正直に言うと、この順序の話は、わたしにとって他人事ではないんです。
エンタメ事業を統括していた頃、数えきれないほどの企画の立ち上げを、そばで見てきました。そのなかで何度も繰り返されたのが、中身の議論から入って、世界観を後回しにする企画でした。予算、キャスト、スペック。数字の詰めだけは、やたらと早い。でも「この企画は、結局のところ何を体現するのか」という、たったひと言が、いちばん最後まで決まらないままだったりする。そうして時間だけが過ぎて、企画はシュリンクして頓挫する。そういう場面を、わたしは何度も見送ってきました。
香りを最後に作る韓国ブランドは、これのちょうど逆をやっている。だからこそ、強いなと感じたんです。
商品の核だけで戦っているものは、たいてい長くは続きません。その核が模倣されやすいものであれば、なおさらそうです。けれど、武器による囲いを持っているものは、模倣がなかなか追いつかない。
韓国のニッチ香水が体現しているのは、逆順の設計。模倣されやすい香りを最後に回し、模倣されにくい世界観を先に積む者だけが、真似の速いビジネスの世界で、自分の色を守り抜ける、ということです。
TAMBURINSも、BORNTOSTANDOUTも、NONFICTIONも、このルールをまもっているんですよね。まだ若いブランドたちですが、その型は、もうはっきり見えています。
それでは。
朝日けけ。
















