2026年のいま、音楽の入口において、TikTokはとても大きくなりました。
Creepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」は、アニメ『マッシュル』のオープニングからTikTokのダンスで世界に広がって、Billboardの「Global Japan Songs Excl. Japan(海外での日本楽曲の再生を集計したチャート)」で、自分たちの3曲による史上初のトップ3独占を達成。2026年4月には、コーチェラのGobiステージで大トリを務めるところまで行きました。
Tani Yuukiさんは、自宅で録音した曲をTikTokに投稿するところから始めて、「W/X/Y」がストリーミング累計8億回。日本の楽曲として最大級の数字です。
こっちのけんとさんの「はいよろこんで」は、MVの「ギリギリダンス」がTikTokでミーム化して、ストリーミング累計2億回。リリースからわずか7か月で、NHK紅白歌合戦のステージまで届きました。
そしてtuki.さんは、中学3年生・15歳のときに投稿した「晩餐歌」の弾き語りで、ストリーミング累計5億回に、女性シンガーソングライターとして史上最速で届きました。累計は、いまや6億回を超えています。
通説だと、全部きっかけは「TikTokでバズったから」と言われています。聞いたことありますよね?
でも、ここで一回、疑ってみてほしいんです。
TikTokで10万再生、30万再生を超える曲は、毎週、何百とあります。何千かもしれません。しかし、そのほとんどは、次の月には記憶にも残っていないものもたくさんありますよね。
同じ「バズった」なのに、世界のチャートまで駆け上がる曲と、一週間で消える曲がある。
その差は、運でしょうか。
わたしは、違うと思っています。だから本記事の問いは、こうです。
バズった後、一体何が差を分けているのか?
わたしはこれまで、かれこれ15年くらいエンタメ業界にいます。事業統括やプロデューサーとして。その間ずっと近くで見てきたのが、「バズった実績やファンの熱量を、次にどこへつなぐか」でした。だから、TikTokで何かが跳ねるたびに、つい「で、この熱を、次どこに着地させるんだろう」と考えてしまうんですよね。
本題の前に、先にひとつだけはっきりさせておきます。ここに名前を挙げたアーティストは、全員、才能が一流です。曲がいい。歌がいい。これは大前提で、議論の余地はありません。
そのうえで、彼らに新しく加わったものがある。それが「伝播の設計」です。伝播とは、TikTokで点いた火を、別のプラットフォーム、別の文脈、そして体験へと、計画的に移し替えていく設計のことです。火をつけるところまでは、才能と、少しの運でいける時があります。でも、火が消える前に次へ伝播させていくのは、設計の仕事でもあるんですよね。
本記事では、TikTokでバズってアーティストが世界に出ていくという現象を分析していきます。3つのステップでできています。
第1ステップ:まず、「10万再生の壁」
TikTokという場所のいちばん変わっているところは、人ではなく「音源」が拡散の単位になることです。
あなたがいいと思った曲があるとして、広がっていくのは、その人の歌そのものだけではありません。その曲を使って、何万人もの他人が、踊ったり、口パクしたり、自分の日常に乗せたりした「二次創作の束」です。だから入口で必要なのは、聴かせる力よりも、「使いたくなる力」なんです。
10万再生というのは、その「動画で使いたくなるか、歌いたくなるか」が響いたかどうかの、最初のしきい値です。ここを超えると、TikTokのおすすめが勝手に運んでくれるようになる。逆に超えないと、どれだけ曲が良くても、火は燃え広がりません。※10万という数字は、わたしの感覚値です。
点火の作り方は、もう一様ではありません。
tuki.さんは、15歳の弾き語りという「本人そのもの」で点けた。
新しい学校のリーダーズの「オトナブルー」は、2020年の曲のサビが、3年後に「首振りダンス」として勝手に点きました。
そして、いまの10代は、聴く人を最初から巻き込みます。
高校生シンガーソングライターとして注目されたAKASAKIさんの活動の始まりは、自作の曲に「曲名ください」というキャプションを付けてTikTokに投げた一本でした。「Bunny Girl」も、サビの30秒だけを先に投稿して、「フルで聴きたい」というコメントが積み上がってからリリース。正式リリースから4か月で、ストリーミング1億回に届きました。聴き手が曲を「育てた」感覚ごと、火になっています。
そして、この点火を運まかせにしないための設計が、二次創作を「させる」ことです。
自分が踊るのではなく、何万人もが真似したくなる振りやネタを置いておく。新しい学校の「首振り」も、Creepy Nutsの「BBBBダンス」も、振りが簡単で、撮りやすくて、真似ると気持ちいい。火を、他人に運ばせる設計です。
こっちのけんとさんの「ギリギリダンス」には、Da-iCEやNiziU、DA PUMPといった有名グループの公式アカウントまで踊りで参加して、火が一段と加速しました。FRUITS ZIPPERの「わたしの一番かわいいところ」は、中高生が振り付けを真似して投稿し、TikTokの総再生はおよそ30億回に膨らんでいます。
ここで大事なのは、点火しただけの曲は、本当に、毎週、何百とあるということです。10万再生は、ゴールではありません。導火線に、火がついただけです。
第2ステップ:横断させて、ストリーミングに「定着」させる
ここが、いちばん大事なところです。
10万再生の火は、放っておくと数週間で消えます。TikTokのトレンドの寿命は、それくらい短い。だから、バズった次に売れ続ける人は、火が消える前に動いています。やることは、プラットフォームを横断させること。そして、その先のストリーミングサービスに「定着」させることです。
火を、TikTokの外へ運ぶ
imaseの「NIGHT DANCER」は、TikTokで全世界40億回再生まで広がり、YouTubeのMVが1億回を突破、そこからSpotifyのバイラルチャートTOP50には、48の国と地域で入りました。
上の図がimase ‘NIGHT DANCER (2022~)の火がTikTokから各プラットフォームへ伝播したイメージ図です。このようにtiktokだけで燃え尽きずに、他プラットフォームに熱量を移していくことが大事だということがわかります。
文脈の「隣」に、自分を並べる
横断には、もうひとつ強力なやり方があります。すでに大きなうねりがある場所の「隣」に、自分を並べることです。
Creepy Nutsの「BBBB」は、アニメ『マッシュル』のオープニングという文脈に乗りました。 imaseは2026年、『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』の配信版エンディングに起用されてもう一度チャートを駆け上がっています。一度跳ねた曲が、新しい文脈をもらって二度跳ねる。
そして、乗れる文脈は、アニメだけではありません。
M!LKの「イイじゃん」は、歌詞の「ビジュイイじゃん」というフレーズそのものが曲を飛び出して、若者の日常語になりました。SNSでの総再生は25億回を超え、2025年の新語・流行語大賞にノミネート。曲が「流行りの言葉」という文脈に乗ると、ふだん音楽をあまり聴かない人にまで、火が届きます。
FRUITS ZIPPERは、原宿の「かわいい」カルチャーという文脈ごと海を渡って、台北や上海のチケットが即完するアジアツアーを完走しました。曲だけでなく、文化を丸ごと隣に置く運び方です。
ゴールは、曲のファンを「本人のファン」に変えること
ただ、横断もミームも、あくまで「手段」です。
真のゴールは、SpotifyやApple Musicといったストリーミングサービスで、その曲がプレイリストやライブラリに入り、日常の中で繰り返し聴かれるようになること。つまり、「あの曲いいよね」を、「この人の次の曲も聴きたい」に変えることです。TikTokの火は数週間で冷めますが、ストリーミングに移した火は、積み上がる資産に変わります。
その証拠に、Billboard JAPANが公式に集計しているストリーミング累計1億回突破曲の一覧には、この記事の登場曲がずらりと並んでいます。「W/X/Y」8.0億回。「Bling-Bang-Bang-Born」7.0億回。「晩餐歌」6.0億回。「はいよろこんで」「Bunny Girl」「NIGHT DANCER」「わたしの一番かわいいところ」が、それぞれ2.0億回。TikTokのバズは一瞬でも、ここに刻まれた再生は、消えません。
「本人のファンに変わる」ことの、いちばん分かりやすい実例がM!LKです。「イイじゃん」自体のチャート最高位は、週間45位でした。でも、あのバズでM!LK自身を好きになった人たちが、次のシングル「爆裂愛してる」をグループ史上初のBillboard JAPAN総合1位に押し上げました。曲のバズが、本人のファンダムに変換された瞬間です。
この一連の流れを、点火した1曲で全部やり切ったのが、Creepy Nutsです。
『マッシュル』の文脈で点火し、簡単な振りで二次創作を誘発し、TikTokからストリーミング(SpotifyやApple Musicなど)へ流し込んで2024年に5億回再生を史上2番目の速さで達成。点火から定着まで、一本の線でつながっています。
第3ステップ:火を、コピーできない「体験」につなぐ
ここまで来ると、ひとつ、はっきり言えることがあります。
再生数そのものは、もう、それだけではお金にも、深いファンにも変わりません。価値が生まれる場所は、再生の「外」に移りました。
以前、 Spotifyのデータを読んだ記事 で、年に1億円を稼ぐアーティストの80%は一度もバズっていない、という数字を紹介しました。逆に言えば、バズること(再生の爆発)と、食べていけること(収益化)は、もう別々の出来事になっている。再生は、火をつける導火線で、お金が落ちるのはその火が運ばれた先です。
不思議な話に聞こえるかもしれません。1再生はコンマ数円で、「サブスクでは食えない」という嘆きは本当です。それなのに、世界の録音音楽市場は317億ドル(約5.1兆円)で11年連続成長、史上最高を更新中です。サブスクで食えないのに、音楽ビジネス全体は、人類史上いちばん儲かっている。
この矛盾の答えが、「コピーできるか、できないか」の二極化です。コピーできる再生は、限りなく薄く、広く、安くなっていく。そのかわり、コピーできない体験。ライブ、現場、モノ。その値段は、史上最高値を更新し続けています。
日本のライブ・エンタテインメント市場は、2025年に8,564億円。3年連続で過去最高を更新しました。あらゆる音楽がいつでも聴ける時代に、「その夜、その場所」の値段がいちばん高くなっているんです。
なぜコピーできないものの値段、価値は上がり続けていくのかは、こちらの記事で詳しく解説しているので、合わせてどうぞ。無料で読めます。
だから、導火線の先を、次の露出へ、次のライブへ。つまり「体験」へつなげた人は、超強い。
tuki.さんは、人生で一度もお客さんの前でライブをしたことがないまま、2026年2月、初ワンマンとして日本武道館に立ちました。チケット8,503枚は完売し、ギネス世界記録に認定されています。
自宅の録音から始めたTani Yuukiさんは、2025年12月、初めての日本武道館に1万人を集めました。
お披露目のステージが150人のライブハウスだったFRUITS ZIPPERは、TikTokの30億再生を運んで、デビューから1,379日で東京ドームへ。2026年2月の単独公演で、5万人の前に立ちました。
そしてM!LKは、NHK紅白歌合戦のステージで「イイじゃん」を歌い、2026年9月からは、約16万人を動員する史上最大規模のアリーナツアーが待っています。
点火が同じ「TikTokのバズ」でも、その火がたどり着いた場所は、まったく違う。配信の再生数で終わるか、武道館やドームの「ライブ体験」に変わるか。この差を作るのが、第3ステップの設計です。
ここで、ひとつだけ、日本にとって嬉しい話をします。海外の曲がスケールの大きさで殴ってくるなかで、日本勢は「アニメ × 音源 × 真似したくなる振りつけ」という、自分たちにしかない掛け算で、世界の「隣」に並びはじめています。Creepy Nutsも、imaseも、その入口はアニメでした。そしてFRUITS ZIPPERの入口は、原宿の「かわいい」でした。スケールに頼らずに世界へ出ていく、日本ならではの伝播のかたちだと思っています。
バズは、はじまりの合図
長くなりました。まとめていきます。
TikTokのバズは、点火にすぎません。10万再生は、ゴールではなく、導火線です。
第1ステップで、「使いたくなる曲」で点火し、二次創作が勝手に広がる状態を作る。
第2ステップで、火をプラットフォームの外へ運び、ストリーミングに定着させて、曲のファンを本人のファンに変える。
第3ステップで、その熱を、コピーできない「体験」につなぐ。
しっかり階段を上がっていくアーティストと、「バズり」はしたが一週間で消えていった何百曲を分けたのは、この3つの階段をのぼれるかでした。
最後に、個人の感想を少しだけ。
この記事を書きながら、いちばん胸を打たれたのは、みんなの出発点の小ささです。
15歳の自室の弾き語り。
自宅の録音機材。
「曲名ください」と書き添えた高校生の一本目。
150人のライブハウスでのお披露目。
ぜんぶ、少し前まで、武道館や東京ドームや紅白から、いちばん遠いと思われていた場所です。
かつて、あの大きなステージに立つには、大きな事務所と、テレビの電波が必要でした。いまは、自室からの導火線が、そこまでつながっています。
もちろん、今週も何百という曲が点火して、その多くは静かに消えていきます。でも、わたしはそれを失敗の山だとは思いません。次の武道館の候補が、毎週、何百も生まれている、ということだからです。しかも、点火のあとの設計は、この記事で見てきたとおり、学ぶことができる。
プロデューサーとして15年、いろんなものを見てきて、いまがいちばん、音楽の裾野と頂上の距離が近い時代だと感じています。だからこの先の音楽ビジネスは、楽しみのほうがずっと大きいと思うんです。
それでは。
朝日けけ。






















