前回、クールジャパン機構の540億円の赤字を解剖しました。溶けた金の6割超は、下手な投資ではなく、案件を選ぶ人間を雇い続けた「会議室の維持費」でした。わたしはそれを「会議室のお金」と呼びました。
そこで当然、こういう疑問が出てきます。じゃあ、うまくいっている国は、いったい何をしているのか。会議室で選ばないなら、どうやってお金を配っているのか。
本記事では、「なぜ稼いでいる国は、国が作品を選ばないのか」という問いを、4つの国の仕組みを並べて解いていきます。そしてもう一つ、日本にとって耳の痛い問いも一緒に置きます。この「会議室でしか配れない病」は、本当にお役所だけの病なのか、という問いです。
稼ぐ国の共通点は、たった一つだった
先に、4カ国を見比べてわかった結論を言います。
答えをシンプルに言えば、稼いでいる国は、どこも国が個別の作品を選んでいませんでした。フランスも英国もカナダも韓国も、やり方は違うのに、この一点だけは揃っているんです。順番に見ていきます。
フランス、券売機が出資する国
フランスの支援を仕切るのは、CNC(国立映画映像センター)という組織です。その財源が、面白い。国の予算ではなく、映画館の入場料などにかかる目的税です。
つまり、あなたがパリで映画のチケットを買うと、その一部が自動的に業界の基金に入る。そのお金が、興行成績に応じて「次回作の資金」として製作者の口座に積み上がっていく。ヒットを出した人ほど、次に使える金が自動で増える設計です(フランス上院・2024年予算報告(映画)、CNC)。
誰かが会議室で「この企画は有望か」と審査する余地が、構造的に小さいんですね。券売機が、次の映画に出資している。わたしはこの仕組みを知ったとき、日本の会議室と比べて、思わずうなりました。
英国は税制、カナダは人件費で「自動で戻す」
英国は、もっと割り切っています。
2024年に導入した映像税額控除(AVEC)は、制作費を英国内で使ったら、その34%が自動で戻ってくる仕組みです。
アニメや子供向け番組なら39%(いずれも額面ベースで、実際の手取りはもう少し下がります)。年間の上限なし。制度の期限もなし。国は、どの作品が有望かを審査しません。使った制作費に応じて、機械的に還す。
この設計が世界中の大作を呼び込み、2022年の映画とハイエンドTVの製作費は過去最高の63億ポンド(約1兆2,600億円)に達しました(英国映画協会(BFI)ほか)。
カナダは、還付の基準を「人件費」に置きました。自国民に払った制作の人件費の一定割合を戻す。連邦の控除に州の控除を重ねられて、たとえばブリティッシュコロンビア州は基本40%。地方やVFXのボーナスを積むと、実質40〜60%に届きます。2022年の制作額は116.9億ドル(約1兆8,700億円)、雇用は約24万人です(カナダ・州政府資料。通貨はカナダドル)。
3カ国に共通しているのは、
審査で選ぶのではなく、条件を満たせば自動で戻す、
という発想です。
韓国だけ、少し毛色が違う
韓国は、国が前に出ている国だと思われがちです。実際、政策金融を2021年の5039億ウォン(約550億円)から2024年に1.74兆ウォン(約1,900億円)へ、3倍以上に積み上げました。

でも、中身を見ると発想は同じでした。コンテンツ振興院(KOCCA)の2025年の予算を機能別に見ると、大半は研究開発、輸出支援、人材育成です。作品への直接の投融資は、わずか42億ウォン(約4.6億円)しかありません。国は土台を作るほうに徹して、実際に世界で稼ぐのはHYBEやNaverといった民間に任せている。
どの作品が勝つかを選ぶ仕事は、市場に譲っているんです。輸出額は2024年に140.8億ドル(約2兆2,500億円)で過去最高になりました。
回路のお金、という考え方
ここで、前回の「会議室のお金」に対になる言葉を置きます。
回路のお金です。人が選ぶのではなく、ルールを満たせば自動的に流れるお金。
券売機の税、
使った制作費への還付、
人件費への還付。
呼び方は国ごとに違いますが、全部これです。
回路には、選ぶ人の会議室が要りません。
だから、あの238億円のような固定費がつかない。
誤解のないように言っておくと、回路がタダという意味ではないんです。税額控除なら国の税収は減りますし、フランスでも「公的資金が民間の投資を押しのけている」という批判はあります。
ただ、かかるコストの種類が違う。
案件を選ぶ人を雇い続ける固定費は、要らないんです。フランスのCNCが1946年の設立から80年も回り続けているのは、目利きが優秀だからではなく、目利きをほとんど必要としない回路だからです。
エンタメ事業を統括していたころ、海外の制作現場の予算の組み方を見て、驚いたことがあります。彼らは、税額控除で戻ってくるぶんを最初から計算に入れて予算を組んでいました。オフィスを借りる場所も、採用する人の要件も、返ってくるお金が制度で約束されているから、そこを前提に強気の絵が描ける。
日本で同じことをしようとすると、まず「補助金、通るかな」の相談から始まる。話せる人を探す、採択されるように調整する。
この差は、とても大きいんですよね。
そして、もっと耳の痛い話をします
ここまで読むと、「要するにお役所が回路を作ればいい」で終わりそうです。でも、話はそう簡単じゃありませんでした。
この「会議室でしか配れない病」は、実は官の専売特許ではないんです。ここが、今回いちばん書きたかったところです。
映画監督の是枝裕和さんたちは、まさにフランスのCNCをモデルに、映画チケット代の1%を業界で拠出して、制作現場やクリエイター育成に再分配する仕組みを提案してきました。
日本版の回路を作ろう、という話です。交渉の相手は、日本映画製作者連盟。大手のスタジオや配給が集まる団体です。
約1年半、話し合って、中断しました。
是枝監督の言葉は、こうです。
フランスは、チケット代の約11%が回っています。
韓国は約3%。
日本は、1%が通らなかった。
ここから先はわたしの推測です。
拠出する側、つまりすでに興行の上がりを取れている大手にとって、1%を出す痛みは確実で、見返りは不確実です。だから動く動機がなかった。回路を作ると、いま得している人が少し損をして、業界全体が長く得をする。
この「自分が少し損して、みんなが得をする」がいちばん通しにくいのは、実は役所より、民間の既得の側なのかもしれません。
回路がないツケは、いちばん立場の弱いところに流れます。映画制作の現場では、フリーランスのうち、映画の仕事による年収が300万円未満の人が6割強。6割以上が、製作側と契約書すら交わしていません(経済産業省「映画制作現場の実態調査」2020年)。
得する人、損する人
前回お渡しした物差しを、もう一度置きます。エンタメ支援など政策支援のニュースを見たら、「会議室のお金か、回路のお金か」で分けて見てください。
そこに、今回もう一目盛り足します。回路を作る話が出たら、「これに反対しているのは誰か」を見てください。役所とは限りません。回路は、いま会議室で得をしている人の取り分を、薄く広く動かす仕組みでもあります。だから、いちばん抵抗するのは、その席に座っている人だったりします。
作品を作る力なら、日本の民間はもう世界レベルで持っています。
足りないのは才能ではありません。稼いだお金が、薄く広く、現場まで流れて戻る「回路」です。そしてそれを、官も民も、まだ作れていないのが日本の現在地です。
では、その回路を、これから誰が、どうやって敷けばいいのか。次回、最終回で「選ぶから、流すへ」という具体を書きます。
朝日けけ。














