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Netflixアニメ『Arcane(アーケイン)』が世界を獲ったのは、最新技術じゃない。
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Netflixアニメ『Arcane(アーケイン)』が世界を獲ったのは、最新技術じゃない。

Netflixのアニメ『アーケイン(Arcane)』を、はじめて観たとき。3DのCGで作られているはずなのに、画面がどう見ても、手で描いた一枚の絵画にしか見えませんでした。ずっと不思議だったんです。なんで、こんな見え方になるんだろう、と。

答えを知って、もっと驚きました。この作品は、いまのアニメ制作で「効率化」と呼ばれる工程を、ほとんど全部、逆にやっていました。

3DのCGなのに、質感や光や影を、あとから2Dで手描きしている。役者の動きを写し取るモーションキャプチャーは使わず、「モーキャップは一切使わず、全部キーフレーム」、つまり一コマずつ手で付けている。第1話だけで、制作に約10ヶ月かかっている。制作会社のフォルティシュ(Fortiche)には、のべ700人が、約8年の制作を通じて関わっている。

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Credit: Riot Games, Fortiche Productions

効率のために生まれた技術を持っているのに、その効率を、わざわざ手放している。ふつうなら、こうは作りません。

「職人魂の勝利」で、片づけたくなる

こういう話を知ると、わたしたちはすぐ、きれいな箱に入れて回収したくなります。

すごい制作の裏側だ。職人魂の勝利だ。手をかけた作品はやっぱり違う

わたしも、最初はそう思いました。

でも、それだと、たぶん半分しか見えていません。

「手をかければいいものになる」なんて、誰でも知っています。問題は、手をかけるにはお金と時間がかかる、ということのほうです。ほとんどの現場は、そこで効率化を選びます。選ばざるをえない。それが、ふつうです。

だからこの作品を前にして立てるべき問いは、二つあります。

ひとつ。フォルティシュとライアットゲームズ(Riot Games)は、なぜ「効率化しない」を選べたのか。根性論では、こんな規模の非効率は通りません。

もうひとつ。その非効率が、なぜ世界中に刺さったのか。手をかけたから、では説明になっていません。手をかけた作品なんて、いくらでもあります。

では、なぜ非効率を選べたのか

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Credit: Riot Games

答えは、作品の中ではなく、その外側のビジネスの座組にあります。

アーケインの原作は、世界でもっとも遊ばれているオンラインゲームのひとつ『リーグ・オブ・レジェンド(League of Legends)』です。そのゲームを持っているのが、ライアットゲームズ。つまりこのアニメは、「アニメで儲ける」ために作られていません。

本体であるゲームが、すでに世界中でお金を生んでいる。アニメは、その世界に人を連れてくるための、いちばん豪華な入り口です。だから、アニメ単体の収支で見なくていい。実際、2シーズン全18話と宣伝をあわせて約2.5億ドル、日本円でおよそ360億円という、アニメシリーズとして史上最高額がかかっています。

これは、作品を損益で見ていたら、絶対に出ない数字です。「世界一高い広告」だと割り切れる本体があったから、非効率が許された。

わたしは前職で、エンタメ事業を統括していました。だから、この判断の重さが少しわかります。予算の会議でいちばんこわいのは、「ここ、効率化できますよ」「コスト削れますよ」と差し出されたときに、「いや、ここは手をかける」と言い切る瞬間です。効率化を断るというのは、増えるコストと遅れる納期を、こちらが引き受けます、と宣言することだからです。

その怖い判断を、一シーンではなく作品の全工程で通し続けられたのは、フォルティシュの根性の話であると同時に、それを飲み込めるビジネスの構造が背後にあったからでした。

ここまでが、多くの「制作の裏側」記事が届く場所です。すごいね、恵まれてたんだね、で終わる。でも、本当におもしろいのは、ここから先です。

本当の反転は、「あえて残した非効率」のほうにある

二つ目の問い。なぜ、その非効率が世界で刺さったのか。

わたしたちは長いあいだ、「3DのCG」を、効率化と量産のための技術だと思ってきました。一度モデルを作れば、いろんな角度から使い回せる。ライティングは計算でそれっぽく決まる。人間の手を減らすための技術、という位置づけです。

アーケインは、それを裏返しました。3Dを使いながら、あえて2Dの手仕事に戻したんです。質感や光や影を、計算まかせにせず、絵として手で描いていく。物理的に正しい光を自動で出す物理ベースレンダリングを、あえて使わない。だから「3DなのにCGに見えない」という、あの奇妙な絵が生まれます。

ここで、時代のほうを見てください。

いま、きれいな3DのCGは、どんどん誰にでも作れるものになっています。ツールは進化し、AIが工程を肩代わりしはじめ、「それっぽく整った映像」の値段は、下がりつづけている。効率化できる部分は、これからますます、誰がやっても同じ結果に近づいていきます。

だとしたら。

効率化した部分は、いずれ誰かにコピーされます。それが効率化という言葉の意味だからです。真似できて、速くて、安い。

コピーされないのは、効率化「しなかった」部分のほうです。一コマずつ手で付けた動き。計算に渡さず、手で描いた光。「ここは効率化できます」と言われても、あえて残した非効率。その手の痕跡だけが、他の誰にも同じようには再現できない、その作品の署名になる。

アーケインが世界で刺さったのは、最新技術を使ったからではありません。むしろ逆で、みんなが効率化に向かう時代に、あえて効率化しなかった箇所を、堂々と画面に残したからです。それが、他のどのアニメとも違う、という一点になった。

効率化しなかった箇所を、探す

この作品から持って帰れる示唆は、ひとつです。

これからは、「効率化できるのに、あえて効率化しなかった箇所はどこか」を見てください。作品でも、プロダクトでも、あなた自身の仕事でも。

整っているもの、速く安く作れるもの、AIでも出せるもの。そこは、遠からず差になりません。差になるのは、その人が「ここだけは手をかける」と決めて、時間とお金を引き受けた場所です。効率の逆をどこで選んだか。それが、その仕事の署名になります。

もちろん、効率化を選ぶことは、なにも悪いことではありません。限られた予算と納期のなかで、量産のために賢く効率化する判断は、まっとうな経営です。アーケインは、そうしなくていい座組を持っていた、という点でむしろ例外でした。フォルティシュの技術も、ライアットの資本も、効率化を選ぶ他のスタジオの判断も、どれも一流のうえに成り立っています。

そのうえで、加わったものがひとつだけありました。「効率化できるのに、しなかった」という選択です。

技術が民主化して、誰でも同じものが作れるようになるほど。あえて効率化しなかった箇所だけが、コピーできない署名として、残っていく。アーケインは、それをいちばん贅沢なやり方で証明してみせた作品でした。

次にあなたが「これ、なんかすごいな」と思う作品に出会ったとき。すごさの正体は、たぶん最新技術のほうではありません。作り手が、どこで効率の逆を選んだか。そこを見つけられると、これからの時代に何が価値になるのかが、少しだけ先に見えるようになります。

それでは。

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