Awich、CHICO CARLITO、ONE OK ROCK、Paledusk。
日本のヒップホップとロックのトップランナーが4組、同じマイクの前に立ちました。プロジェクト名は「YAO」。7月7日にデビュー曲「777」が配信され、MVが公開されています。
この座組を実現させたのは、レコード会社でもテレビ局でもありません。エナジードリンクの会社、Red Bullです。
この企画を見たとき、わたしは嫉妬しました。エンタメ事業を統括していた人間として、プロデュースしてきた人間としても、この「場の設計」に嫉妬したんです。
本記事では、「なぜエナジードリンクの会社が、日本のヒップホップで最も信頼される”場”をつくれたのか」という問いを紐解いていきます。
レッドブルマイクとは何か
「レッドブルマイク」は、Red Bullが2021年に開設した日本のヒップホップ専門YouTubeチャンネルです。
主力コンテンツは3つあります。
1本目が「Red Bull RASEN」。複数のラッパーとビートメイカーが集まり、その場限りのマイクリレーを一発撮りで収録します。メンバーは毎回変わる。螺旋のように回りながら上昇していく──という名前の通り、「誰と誰が組むか分からない緊張感」がこの企画の核なんですよね。YENTOWNのメンバーやAwichが参加した回は、チャンネルを代表する映像のひとつになっています。
2本目が「Red Bull 64 Bars」。こちらは真逆の設計で、1人のMCが1本のマイクだけで64小節を刻みます。逃げ場のない純度勝負。バックトラックとマイクしかない空間で、そのラッパーが何者かが剥き出しになります。
3本目が「Red Bull RAP賢者」。ヒップホップアーティストたちが知識とラップで競い合うバラエティ寄りの企画で、コアなヒップホップファン以外への間口を広げる役割を果たしています。
この3本柱で5年間シーンに場を提供し続けてきたレッドブルマイクが、2026年6月29日に新シリーズ「Red Bull IN-YO!」を始動させました。
タイトルの「IN-YO!」は「陰陽」にかけた「韻と陽」。「韻」に代表されるヒップホップカルチャーに、異ジャンルという「陽」が差し込み、新しい音楽を作り上げる、というコンセプトです。
第1回にフィーチャーされたのが、冒頭の4組によるプロジェクト「YAO」。
名前の由来は「八百万(やおよろず)」です。山にも海にも、道端の石ころにも神が宿ると考えた日本人の世界観を表しています。ジャンルもバックグラウンドも違う4組が共存する、という宣言がこの名前に込められています。
きっかけは、ONE OK ROCKのTakaがドーム公演でAwichと共演した際に、ヒップホップへの強いリスペクトを表明し、「一緒に音楽を作ろう」と提案したことだったといいます。
沖縄をルーツに持つAwichとCHICO CARLITO、世界ツアーを回るONE OK ROCK、福岡発のメタルコアバンドPaledusk。四者四様のアーティストが自分の音楽をぶつけ合い、デビュー曲「777」はPaleduskのDAIDAI(Gt.)がプロデュース。ロックとヒップホップが衝突しながら融合する、力強くもキャッチーな一曲に仕上がっています。
公開直後からSNSでは「奇跡のコラボすぎる」「この4組が同じ場所にいるのが信じられない」と反響が広がりました。ヒップホップファンとロックファンの双方が同時に沸く光景は、そう見られるものではありません。
“場の設計”の3つの原則
わたしがこの企画に惹かれるのは、出演者の豪華さではありません。「場の設計」です。レッドブルマイクの5年間を振り返ると、そこには明確な設計思想の進化が見えます。
原則①:混ぜるのは人ではなく、土俵を設計する
RASENは「毎回メンバーが変わるマイクリレー」というフォーマットで、緊張と偶発性を生む土俵を作りました。64 Barsは「1人だけ・64小節・一発撮り」という制約で、個の純度を剥き出しにする土俵を作った。そしてIN-YO!は「ヒップホップ×異ジャンル」という掛け合わせで、対等な衝突から新しい音が生まれる土俵を作っています。
注目すべきは、どのシリーズも「このアーティストを売りたい」という意図では動いていないことです。フォーマットが先にあり、そこに入るアーティストが最高のパフォーマンスを出せるよう設計されている。人を混ぜているのではありません。土俵を設計しているんです。
原則②:ブランドが”使われる側”に回る
レッドブルマイクの映像を見ると、Red Bullのロゴは画面の端にしかありません。従来の音楽タイアップは「ブランドが主語」でした。CMソングを歌ってもらう、イベントの冠にブランド名を冠する。ブランドがアーティストを「使う」構図です。
レッドブルマイクは逆をやっています。アーティストのパフォーマンスが100%主役で、Red Bullは場を用意するだけ。ブランドが「使われる側」に回ることで、アーティストの評価がそのままRed Bullの評価になります。広告費では絶対に買えない「文化の正統性」を、この構造で手に入れているんですよね。
5年間それを続けたからこそ、AwichもTakaも「この場でやりたい」と思う。信頼は、1回のキャンペーンでは買えません。場を開き続けた時間だけが、信頼を積み上げます。
原則③:権利を取りに行かない
レーベルであれば原盤権を取る。制作会社であれば映像の権利を取る。それが通常のビジネスです。しかしRed Bullは取りません。YAOのデビュー曲「777」は、あくまで「YAO」名義で各音楽サブスクリプションサービスに配信されています。Red Bull名義ではない。
権利を取らない代わりに、Red Bullが手に入れているもの。それは「あの場所から生まれた」という文脈です。作品の所有権より、文化の文脈を選んでいます。
なぜ嫉妬するのか
それは、わたしがかつてこの逆をやっていたからです。
エンタメ事業を統括していた頃、プロデュースや制作で最も難しかったのは「手放す」ことでした。権利を握れば握るほど安心する。将来の事業の安定性が増す。会社にも株主にも説明しやすくなる。
でも、握れば握るほど、クリエイターの創作に乗っている魂が、純度が薄くなる感覚があるんですよね。
極端にいうと創作じゃなくて受注になるのです。
お金は出す、権利はいただく。
これではやらない、つくらないという、アーティストやクリエイターが世の中にはたくさんいるのです。実績関係なく。
また、お金だったり制作環境を提供できる人や会社は意外と多いです。
一方でお金を出さないけれど、その設計されたブランドや環境にアーティスト、クリエイターたちが自ら入りたくなってしまう、そこで何かをやりたくなってしまう、そういったブランドの方が圧倒的に強いですよね。
レッドブルマイクは、その矛盾を最初から「取らない」と決め、回避し、武器にもしているのです。だからアーティストは最高の状態で発火できる。だからAwichもTakaも、全力でぶつかれます。
わたしはかつて「取る」側の仕事をしていたこともありました。だからこそ、「取らない」ことで場を成立させている設計の鮮やかさ、そしてそれを継続できている凄さが、骨身に沁みるんです。
めちゃくちゃかっこいい。だから、嫉妬します。
ただし、補足しておきたいことがあります。この設計が可能なのは、Red Bullが「飲料の売上で回収する」という音楽とは完全に別の収益構造を持っているからです。コンテンツの権利収入に依存しないビジネスモデルがあるから、「取らない」という贅沢な選択ができる。同じことをレーベルや制作会社がやったら、事業が成り立ちません。誰にでも真似できる設計ではないんです。
まとめ
最後にこの話から得られる示唆をまとめます。
「場の設計力」とは何か。それは、
自分が主語にならないことで、結果的に自分のブランドが最も強くなる構造を作れる。
ということです。
Awich × ONE OK ROCK × CHICO CARLITO × Paledusk。この4組が「この土俵で勝負したい」と思える場所を作った設計力に、プロデューサーとして、心からの敬意を送りたいと思います。
それでは
















